◇ adagio 弐


織田は少し早足でバー・ルパンへ続く道を歩いた。
慌ただしく階段を降りた先の店内には、包帯を巻いた青年が退屈そうに酒を嗜んでいた。

「やァ、織田作。どうしたんだい、そんなに慌てて。」

織田の来店に気付くと、太宰は穏やかな表情で話し掛けた。
マスターが織田の酒を準備しようとしたのを片手を上げて止めると、太宰の横まで進む織田。
その表情は切羽詰まっている様子だった。

「どうだい、なまえちゃんは泣かなくなっただろう。」

太宰がにやりと笑うと、織田はゆっくりと頷いた。

「あぁ、泣かなくなった。おまけに笑わなくもなった。遂には家に帰ってこなくなったよ。」

二人は少しの間目線を合わせた後、太宰が小さく息を吐き酒を一口含んだ。

「太宰、なまえに何を言った。彼奴は今、何処で何をしている。」

問い掛ける織田に根拠はなかった。
然し、太宰が強く関わっていると、確信めいたものがあったのだ。

「織田作はなまえちゃんを泣き止ませたかったのだろう、見事に叶ったじゃあないか。」

「……。」

太宰は酒杯の淵を指でなぞると、ちらりと織田を見る。
少し視線を落とすと、固く握られた拳が目に入った。

「俺は…なまえに、笑っていてほしいんだ。できることなら、こんな仕事も辞めさせたい。」

「如何して、なんて野暮なことは聞かないよ。ま、聞いたところで"君たち"は気付いていないだろうからね。」

案の定、織田の頭上には疑問符が浮かんでいた。太宰が笑いながら酒杯を空にする。

「なまえちゃんは任務に明け暮れているよ。織田作の仕事を減らす為なら"殺しすら厭わない"ってね。今頃も屹度」

酒杯を置き、言い掛けたところで太宰の携帯端末が震えた。
太宰は二言、三言会話をした後、携帯端末を仕舞うと席を立った。

「部下が密輸品の授受に手こずっているらしい。織田作も行くかい、なまえちゃんもそこだけれど。」



太宰と織田の二人が取引場所の埠頭へ着いた頃、抗争は激化していた。
銃声が断続的に響き渡っている。

「おー!派手にやってるね!」

太宰は目を輝かせ嬉々としていた。

「作ちゃん!どうしてここに?」

「なまえちゃん、私も居るの見えてる?」

織田を見つけたなまえが銃を携え駆け寄ってきた。
横に居る太宰の存在には気付いていない様だ。
織田が近付いたなまえの銃を見る。
リボルバーは引かれていたが、弾丸は全発装填されている。

「なまえ、撃ったのか。」

織田が問うと、なまえは首を大きく左右に振った。
ほっとした織田がなまえの頬に触れると、ぬるりとした感覚がした。
十中八九、それが何か解っていながら、確かめるように己の手を見る。
予想通りなまえの血が付着していた。
その手を握り締める。その横でなまえが気を抜いていただの、大したことないだのと騒いでいたが、織田には届いていなかった。

「…太宰。」

「はいはい、簡単だよ。なんと言っても、此方には織田作が居るんだからね。」



そこからは、太宰と織田の活躍であれよあれよと事態が収束へ向かっていった。
車で待機しているよう指示を受けたなまえは、米神辺りの流血を拭き取り応急処置を施す。
ずきずきと痛むが、それよりも胸の辺りの痛みの方が勝っていた。
外傷はないし、打撃を受けた記憶もない。
その痛みは織田が現れてからだった。

また迷惑や心配をかけてしまった、結局自分は織田の足手まといにしかなり得ないのだと、堪えていた涙が一気に押し寄せる。
顔を抑え蹲った。

「痛むのか、なまえ。」

ドアの開閉の後に聞こえる優しい声色。
見せてみろと頭を撫でる温かい手。
それらはなまえが守りたいと思ったものだ。

「ごめんなさい…」

なまえは顔を上げずに零すように一言だけ呟いた。
織田が口を開こうとした時、後ろから織田を呼ぶ声が聞こえる。

「織田作、片はついたよ。」

太宰が気怠そうに近付き、織田は振り返り返事をした。
その隙になまえは車内から逃げ出るも、片腕を織田が掴む。

「…作ちゃん、離して。」

「なら、顔を見せろ。」

「えー、なになに、修羅場?」

太宰が暢気な声を上げるが、二人には聞こえていないのかの如く流された。

「作ちゃんを、守りたいの…力になりたいのに、結局邪魔ばかりで、挙句助けられて…傍に居ない方が」

なまえの言葉を遮るように、織田はなまえの手を引き抱き寄せた。

「お前は、何も解ってない。」

いつもの宥める時にするよりも遙かに強い力でなまえを抱き締める織田。
驚いて声も出ないなまえは、何度も何度も忙しなく瞬きを繰り返した。

「俺は太宰みたいに女を喜ばせる事は言えない。だから思っている事だけを伝える。」

織田の腕の中で、僅かに頷くような素振りをするなまえ。
一度、ゆっくり深呼吸をすると織田は静かに続けた。

「なまえの笑顔が力になるし、癒やしにもなる。
傍に居ない方が良い訳がない、俺にお前を守らせてくれ。」

「さ、ささ、作、ちゃ…」

「あーあ、まったく使えない部下ばかりだ。」

二人の世界に割り込むように太宰が態とらしく大きな溜め息を吐いた。
織田は漸くなまえを解放する。

「折角、私直轄の部隊にしてあげたというのに、こんな簡単な取引すら完遂できないなんて。」

なまえが織田から離れ頭を下げる。

「太宰幹部にご足労頂き、申し訳ございませんでした。明日にでも始末書を」

「そんなの要らないよ、どうせ読まないし。そんなことより、君は私の部隊から外れてもらう。」

頭を下げたままのなまえは、下唇を噛み締めた。
織田はなまえを不憫に思うも、こればかりは口出しが出来ない。
なまえに向けていた視線を太宰へ移すと目が合い、ほんの少し笑っているようだった。

「織田作、押しつけるようで悪いけど、おちびちゃんを一から教育してもらえるかな。」

「えっ」

「太宰…!」

なまえが驚いて顔を上げる。太宰は無表情に戻っていた。

「私は芥川くんで手一杯だからね、おちびちゃんの教育までなんて御免だ。頼むよ、織田作。これでも口はマシになった方だと思うけれど。」

そう言うと、太宰は手をひらひらとさせその場を立ち去った。
織田となまえは顔を見合わせると、二人して笑った。


後書

2019.11.21*ruka


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*confeito*