◆ 続・空は今日、縹色。壱
"渡り鳥は賢いものだよ"
そう言った太宰を思い出す。
確かにそうだった。身を以て理解している。
なまえは毎年決まった時期にやってきた。今年ももう直ぐその時期になる。
この時期、どうも落ち着かない。気がつくと窓から空を見上げている。
渡り鳥は賢い、なまえは特段賢いと思う。
まるで人の言葉が解るかのようだ。
俺の言葉を完全に理解し、返事をしたり、行動したりする。
だが、よく聞くペット自慢で人語を喋った等の類と同程度に思われそうだから、あまり周りには言っていない。
なまえが再び戻ってきた時、写真を撮った。
しつこいくらい何枚も撮ったら照れている様な素振りを見せ、愛らしいと思った。
写真を撮った理由は、なまえの事をもっと知りたかったからだ。
机上の写真立てに飾ったのはついでだ、ついで。
“渡り鳥”と一口に言っても、なんていう鳥なのかすら俺は知らなかったから。
漠然と燕っぽいとは思っていたが。
書籍やら図鑑やらで調べてみると、案の定、燕だった。
然し、よく見る燕ではなく海燕らしかった。
主な餌は魚類・甲殻類…それを見て捕まえてきた昆虫やらを食べなかった理由が解った。なまえには悪いことをしたな。
だから今日は上等な刺身を用意してある。それを小さく切って食べさせてやる心算だ。
嗚呼、待ち遠しい。
早くあの窓から帰って来ねぇかな。
日が暮れてまた昇り、何度それを繰り返しても、なまえは帰って来なかった。
渡り鳥は賢い、時期を間違える事は先ずないだろう。
それでも多少のズレは考えられた、だから待った。
ひと月、ふた月過ぎても帰らなかった。
なまえの身に何かあったのだろうか。悪い方向にばかり思考が巡った。
それから更にひと月が過ぎた頃、半分以上諦めていた。
もう二度と、なまえには会えないのではないかと。
渡された報告書に目を通しながら、重い溜め息を吐いた。
「蛞蝓は陰気臭くて厭だなァ、私までジメジメが伝染ってしまうよ。」
太宰が嫌味を大声で言う。
奴の執務室に居るのだから太宰が同じ空間に居るのは百歩譲って仕様がないとしても、嫌味を言われる筋合いはねぇ。
「あぁ?無駄に包帯巻いてっから余計に湿気吸ってるだけだろーが!」
「あ、そう言えば。」
俺の反論は当然のように無視され、何かを思い出したように太宰が手を叩いた。
「この前、あの子に会ったよ。」
一瞬、太宰の言う"あの子"が誰なのか解らなかった。
まるで共通の知人にでも会ったかのような口振りだったからだ。
太宰が彼奴を名前で呼んでいるところは見た事がない。だから確認する為に問う。
"あの子"の正体を。
「は?寝惚けてるの、中也に言う"あの子"に該当する相手なんて限られているだろう。」
勿体振るような太宰に言葉を返すことはせず、生唾を一度飲み続く言葉を待った。
太宰は軽く息を吐いてから言った。
「……なまえちゃんだよ。」
考えるより早く体が動いた。
まぁ、俺はそういう場合の方が多いが。太宰の執務机を思い切り叩いた。
「何処でだ!」
「えー、知りたいの?ふふ、どうしよっかなー。」
太宰の事だ、そう易々と聞き出せないのは解りきっていた。舌打ちをして太宰を睨む。
「…何が望みだ。」
すると、にやりと口元を歪めて立ち上がり、態々俺の横まで来たと思ったら、執務机に腰掛けてから言った。
「そうだねぇ、ちょっと犬になってみてよ。」
「あ?」
意味が解らない要求をしてきた。
否、これは唯の嫌がらせだ。意味など初から存在しない。
「別に、知りたくないのならやらなくていいよ。」
足をぷらぷらさせて笑う太宰が鬱陶しい。唄でも唄い出しそうな顔で決断を迫られる。
「私も暇じゃあないんだ、やらないのなら」
「わん!」
「…は?」
太宰の要望通り犬の鳴き真似をしてやった。
なのに、太宰の奴は眉を顰めて納得をしていなかった。
「なにそれ。」
「手前がやれっつったんだろ。」
「いやいやいやいや、全っ然犬じゃあないじゃない。先ず、四足歩行は基本だろう。」
つまり、此奴の足下で四つん這いになれという事か。
屈辱以外のなにものでもなかった。
「厭ならいいよ。さ、仕事仕事っと。」
「…くそったれ!」
太宰が机から降りようとしたその時、俺は床に膝を着いた。
右足に続いて左足、それから両手をぺたりと着ける。
そして顔を上げ、ムカつく太宰の顔を睨み付けながら発した。
「わんッ!」
「あっはは!正に狂犬ってやつだね!でも…私が言いたい事、解るよね。」
ぎりぎりと奥歯を噛み締める。それこそ太宰の言う狂犬のように唸りを上げる。
血管が浮き出る程に両手を握り締める。
上等だ、やってやるよ。
半ばヤケクソで、俺はその場で三回廻り、太宰に噛み付く勢いで吠えた。
「わんッ!!」
それを見た太宰は腹を抱えて笑い転げた。
暫く笑った後、涙を拭う素振りをした太宰を、舌打ちをして見ていた。
「そんなに知りたいとはね。いいよ、教えてあげる。」
立ち上がり埃を払っていた俺の耳に届いたのは、とある病院の名前だった。
太宰曰く、足を怪我をしているらしい。
病院といっても動物病院ではなく、人間の為の病院だ。
真逆、鳥が入院や治療をしている訳もないし、太宰はそんな近くでなまえを見たのだろうか。
そんなちっぽけな疑問は頭を過ぎるのも一瞬で、俺はそこまでの道のりを脳内検索する。
「矢っ張り、犬は好きになれそうにないな。」
太宰の呟きは少しも耳に入る間も無く執務室を後にした。
◆
それは、太宰が自殺未遂を起こし、通り掛かりの親切な人によって緊急搬送された先の病院での事だった。
「あーあ、また死ねなかった。次はもう少し高さを…」
松葉杖を突き、ひょこひょこと歩く包帯塗れの青年、太宰が院内の廊下を歩いていた。
すると、向かい側から歩いてくる少女が目に入る。
太宰同様、松葉杖を突きながら歩いていた。
「あれ…君、なまえちゃん?」
少女はその声に顔を上げ、驚きを露わにした。
「だ、太宰、さん。」
「ふふ、お揃いだね。」
何故か太宰は嬉しそうにしながらなまえに近付いた。
「なに、仕事でヘマでもしたのかい。…嗚呼、今が仕事中か。」
にやりと嗤う太宰の眼に光はなく、なまえは太宰との約束を思い返していた。
「約束は今も継続して守っております。それ以上の事は。」
なまえが伏し目がちに言うと、太宰は少しの間なまえをじっと見つめ、踵を返した。
「それならいいや、じゃあね。」
「…あの!」
その背中を呼び止める声が掛かる。太宰は足を止めたが振り向きはしなかった。
「あの…中也さんは、元気にしてますか。」
控え目に問うなまえは、不安げながらも頬を紅く染めていた。短い溜め息を吐いた太宰が首だけで振り返る。
「中也のことなんて一々気にしてないから知らないよ。あぁ、そういえば、任務で一緒になると空を見上げては溜め息ばかり吐いて、鬱陶しいったらなかったなぁ。」
心底厭そうな顔を見せた太宰は続ける。
「…ねぇ、指切りしよう。」
「え?」
突然の提案になまえは頭上に疑問符を浮かべる。
「ほら、私たちの約束って、契約書もなければ唯の口約束で、なんのリスクもないじゃない。」
だから、と太宰が再びなまえに近付く。
松葉杖を脇に抱えると、なまえの目の前に小指を立て差し出した。
今更の事だとなまえは思いながらも、さぁと促す太宰に押され、その小指に自分の小指を絡める。それを満足そうに見ると、太宰がにこりと笑った。
「指切り拳万、嘘吐いたら針千本飲ーます。」
絡めた指が解かれる。
「指切った。」
続
2019.10.10*ruka
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*confeito*