◇ 続・空は今日、縹色。弐
太宰と病院で遭遇した数日後、なまえは更に驚愕の人物を同敷地内で発見した。
それは病院の庭先で、木を見上げる帽子の男だった。
それが誰なのか、遠目からでも直ぐに解ったなまえは物陰に隠れ、少し観察することにした。
どうやら何かを探している様子で、庭に植わっている木を一本ずつ見上げていた。木の周りをぐるりと一周しながら丁寧に探し、見つけられずに肩を落とす。
また次の木へ移動して同じ事を繰り返すその姿は、ポートマフィアの次期幹部候補とは夢にも思えなかった。
その不可解な行動で彼が何を探しているのかが解ったなまえは、いてもたってもいられず異能を発動させ、海燕の姿となった。
なまえを支えていた松葉杖が、控え目な音を立てて地面へ倒れる。
黒褐色の翼を羽ばたかせ、木を見上げる頭目指して飛び立った。
「ここにも居ねぇか…太宰の奴が見かけたのがそんなに前じゃねぇから、巣でも作ってンならまだ居ると思ったんだがな。」
溜め息を零し呟く男、中原は落胆の色を見せた。
そして次の木の下へ移ろうとした、その時。
バサバサという羽音と同時に感じる頭上の重み。
何かが帽子の上に乗ったのだ。
「……ッ!!」
中原はそれが何か、たった一つだけ思い当たる答えがあった。
そうであってほしいという希望で胸が高鳴る。
頭上に手を伸ばした中原は、それを掴もうとするのではなく、手の甲を差し出して待った。
その手の甲に、慣れ親しんだ重みを感じるまでに、そう時間はかからなかった。
ゆっくりと、落とさぬように、目の前に手の甲を持ってくる。
その手の甲に乗った海燕、なまえを目にして、中原は一度息を飲み笑顔を見せた。
反対の手でなまえをそっと包み頬に寄せる。
なまえも応えるように、頬ずりをした。
「会いたかった、なまえ。」
中原は芝生に座り込み、暫くなまえと時間を共にする。
といっても、中原が海燕の姿のなまえに一方的に話し掛けているだけである。
傍から見れば、“鳥に話し掛ける危ない人”だ。
然し、中原にはどうにもなまえが話を理解し、反応をみせてくれている様に思えて、周りの目は少しも気にならなかった。
「そうだ、なまえ。」
中原は胡座をかいた膝の上になまえを乗せると、ごそごそとポケットを探る。取り出した小さな金属の輪っかをなまえに見せる。
「なまえの為の特注品だぜ。ステンレスだから錆びないし、軽量化も図ってるから飛行にも支障無い筈だ。」
そう言って、小さな金属を器用に半分開くと、なまえの左足首に宛がい、かちりと音を立てて閉じた。
大きさもピッタリのその輪っかには、小さなルビーが一つ嵌め込まれていた。
「矢っ張り赤が映えるな、似合ってる。気に入ったか?」
中原がなまえの頭をそっと撫でると、なまえは中原の肩に乗り寄り添った。
その反応に満足した中原は嬉しそうに笑って立ち上がる。
服を叩きながら言った。
「そろそろ戻らねぇと。またな、なまえ。」
再会時と同様に手の甲になまえを乗せて続けた。
「ちゃんと帰って来いよ、心配するだろ。」
なまえは頷くような素振りを見せ、中原の手を上に振る動作に合わせて飛び立った。
中原と別れてから異能を解いたなまえの手の中には、ルビーが紅く煌めいていた。
なまえはそれをそっと握り締め、自然と笑顔が零れた。
頬をルビー色に染めながら。
とは言え、鳥の足首の大きさでは、人間の姿のなまえの足首は当然、指にすら通らなかった。
そこでなまえはネックレスにして肌身離さず持ち歩くことにした。
また来年の再会を楽しみにして。
◇
然し、再会の日は想像以上に早かった。
数日もしないで再び中原が病院へやって来たのだ。
想定外の来訪に、不覚にもなまえは人間の姿で中原と対峙してしまった。
中原は“海燕のなまえ”しか知らない為、なまえだけが取り乱していた。
そこで、ふと、太宰が脳裏に過ぎる。
“ねぇ、指切りしよう。”
若しかしたら、太宰はあの時既に、今の状況を想定していたのかもしれない。
試されているのか、弄ばれているのか。
なまえは下唇を噛み締め、顔を伏せた。
“松葉杖を突きながらゆっくりと歩く患者”を演じ、中原の隣を通り過ぎようとした。
「なァ、あんた、此処の入院患者だろ。燕を見掛けなかったか。」
突然話し掛けられ、過剰反応を示すなまえ。
中原は気にせず説明を始めた。大きさや色、左足の装飾。
煩く脈打つ心臓の音が、中原にまで聞こえてしまうのではないかとなまえは心配でならなかった。
「ごめんなさい、知りません。」
小さな声で、そう返すのが精一杯だった。
今度こそ、と中原の横を通り過ぎようとしたが、再び中原によって止められてしまう。
「じゃあ質問を変える。なんであんた、怪我をしてる“フリ”をしてンだ。」
そう言った中原の視線は鋭かった。
今までなまえに向けられることの無かった、ポートマフィアのそれだった。
なまえは答えることも、目線を合わすことも出来ずに固まった。
更に運が悪い事に、首から下がる装飾品が襟から覗いた。
「それ、手前ぇ…真逆ッ!」
慌てた様子の中原はポケットから端末を取り出し何かを確認した後、なまえの肩を掴み壁へ抑えつける。
バレてしまった。
そう確信したなまえは意外と冷静で、騙されていた事に激昂した中原に殺されるのが先か、将又太宰との約束を破った罰として針千本飲まされて死ぬのが先か。
そんな事を考えていたものだから、次に聞こえた中原の言葉は意外過ぎるものだった。
「手前、なまえを喰ったのかッ!?」
「は?」
中原の表情は真剣そのものだった。なまえはそれが可笑しくて、つい笑ってしまった。
「海燕を食べるだなんて、そんな野蛮な事はしませんよ。」
なまえの言葉に、中原の表情は急変する。
その殆どは驚きを占めていて、なまえをまじまじと見つめた。
何をそんなに驚いているのか、となまえは眼をぱちくりさせて中原を見つめ返す。
「…………手前ぇが、なまえ、なのか…?」
なまえは時間が止まったような錯覚を覚えた。
何故、どこでバレてしまったのか。
視界の端で、肩を抑えつけていない方の中原の手が動くのを捉える。
「俺は燕を探してるとは言ったが、“海燕”とは一言も言ってないぜ。」
息をのむなまえ。
自分の言葉で自らの正体を晒してしまうとは。
殺されるかもしれない、そう思ったが、反抗する気は起きず眼を閉じた。
思えば、中原に救われたあの時に終わっていた筈の命だ。
その命の恩人である中原を欺き続けた代償として、殺されるのなら納得がいった。
寧ろ、中原の手で死ねるなんて贅沢だとすら思えた。
然し、中原の手が行き着いた先はなまえの頬だった。
そっと優しい体温が手袋越しに伝わる。
恐る恐る眼を開けてみると、そこには安堵した顔の中原がいた。
「良かった、生きてて…」
「中也さん…」
そう言ったなまえの眼には、今にも溢れそうな程に涙が溜まっていた。
頬に添えられた中原の手に自分の手を重ねたその時だった。
「ちっとも良くないよ。約束を破られてしまったのだから。」
中原の背後から聞こえた声は、溜め息交じりながら、どこか愉しげでもあった。
「なんで手前ぇが此処に居る…クソ太宰。」
振り返らずに背後の人物に問い掛けた中原は、途端に不機嫌になった。
「なんでって、“たまたま”治療に来たら“偶然”中也を見掛けて、“思い掛けず”約束が破られる瞬間を目撃してしまっただけだよ。」
太宰が言うと、予期せぬ事態を予期していたようにしか聞こえなかった。
なまえが瞼をゆっくりと落とすと、大粒の涙が頬を流れ、中原の手袋に吸収されていった。
またゆっくりと瞼を開くと、中原越しに真っ直ぐ太宰を見据えた。
「“指切り”の罰を受けます。」
「ふふ、針千本か。嘸かし苦しいだろうね、というか、飲みきれるかが見物だねぇ。」
「ガキか。針千本なんてモノの例えだろうが。」
堪らずなまえと太宰の会話に割って入る中原は、ここで初めて太宰を振り返る。
太宰は中原の言葉に眼を丸くしていた。
「私は至って真面目に言っているのだけれど。それとも、海燕の丸焼きの方が良かった?」
「どちらでも構いません、約束は約束ですから。」
なまえの真面目な返答に太宰はくつくつと嗤い、中原が深い溜め息を吐いた。
「うそうそ、冗談。今日は首領からの伝言を伝えに来ただけだよ。」
「首領からだと?」
以外な言葉を発した太宰に、先に反応したのは中原だった。
太宰はなまえの事を総て首領に話し、その上でポートマフィアお抱えの情報屋になってほしいとの事だった。
「受ける受けないは君が決める事だけれど、“指切り”の罰を針千本から加入に変更してあげてもいい。但し、後々針千本の方がマシだった、なんて泣き言は無しだよ。」
組織への加入はそれほど過酷を強いられる。
なまえが組織に属さない理由でもあった。
然し、現状でその誘いを断れば先がない事は明らか。
なまえに迷いはなく、二つ返事で了承した。
「あ、そうそう、言い忘れてたけれど、中也が付けた発信機より強力なものをつけさせてもらうから。」
保険でね、と笑った太宰の言葉に驚くなまえは、己の首から下がる装飾品に触れる。
中原はバツが悪そうに帽子を取り頭を掻いた。
謝ろうと口を開いた中原だったが、なまえが穏やかな笑顔で首を横に振ったので言葉を飲み込んだ。
一度直接異能力を見たいという首領の意向で、三人で車に乗り込む。
なまえは海燕の姿となり中原の右手に乗ったり膝に乗ったりしていた。
楽しそうにする中原となまえを隣の席で見ていた太宰は面白くなく、なまえの羽に触れた。
すると当然異能が解け、人間の姿に戻ったなまえは中原と向き合って膝の上に乗った形となる。
「太宰!」
「だ、太宰さん、手を離して下さい…」
赤面する二人を見て、太宰はにやにやとしながら拒否の言葉を返す。
「あ、じゃあなまえちゃん、私の上に乗る?」
「ぜっっってー駄目だ!俺の上でいい!」
賑やかな声が車内に響いていた。
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2019.10.15*ruka
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