◇2 中也さんが勘違いするだけの話


「どう思う、広津。」

「あれは相当な手練れでしょうな。立ち居振る舞いが一般人其のもの。」

なまえが去ったパスタ屋店内で声を潜めて会話をする中原と広津。
広津の意見を聞き、中原の眉間に皺が寄る。

「立原も隙だらけなのが逆に不気味だっつってたな。」

「黒蜥蜴に見張らせますか。」

「…否、俺の客だ。俺が対処する。」

中原がにやりと口角を上げる。広津は軽く目を瞑り、小さく頷く。

「では周りで待機させましょう。」

そして二人は店を後にした。



最近、こそこそと後をつけている奴がいる。恐らくは敵対組織。
心当たりが有り過ぎて絞りきれないが、手を出してくるまでは放置する事にした。
手を出してきたところで負ける気はしねぇし、そうしてくれた方が此方としても手っ取り早い。
敢えて隙を見せて襲ってきたところを返り討ちにしてやる。

そう思っていたが、中々手を出してこない。余程用心深いのか、唯の臆病者か。
痺れを切らした俺は、相手を特定する為に、決まった時間に決まった場所での行動を心掛けた。

大通りから少し路地へ入った所にあるパスタ屋が丁度良く、暫くの間は此処で珈琲休憩をする事にした。
思ったより客数は多かったが、組織の人間かどうかを見分ける位は訳なかった。

店員に案内された席へ着くと、それとなく周りを見渡す。
すると一つの視線がやけに突き刺さった。

……!

あの女なのか?いつから居やがった…?

パスタを食べているところを見ると俺より先に入店している筈だが...それに密偵というにはあまりに一般人過ぎる。
あの類の人間はいくら上手く化けていても浸みついた匂いは誤魔化せねえ。
同じ世界に生きてるモンなら直ぐ解る。だがあの女からは全くそれを感じない。
俺の勘違いなのか?
暇潰しにもなりゃあしねぇと思っていたが、これは少し用心が必要かもしれねえな。

結局その女は何食わぬ顔で店を去った。だが俺は見逃さなかった。
会計の際、確認するかのように俺に視線を寄越しやがった。
あれは挑発か?

面白ぇ…その挑発、のってやるよ。

翌週、俺は同じパスタ屋に向かっていた。
変わらず尾行の気配は続いていたが、未だに尻尾を出さない。
少しでも出したなら引き摺り出して可愛がってやるのに。

「中也さん!」

路地に入る手前、名前を呼ばれる。

「よぉ、立原。任務か?」

「任務明けっす...」

任務明けだという立原をパスタ屋へ連行する。眠そうだったが、そんなことは俺の知ったところではない。
店に入る前に軽く説明すると顔つきが変わったから、問題はないだろう。

入店すると、例の女は先週と同じ席に座っていた。
俺と立原が案内された席も、偶然先週と同じ席だった。

……若しかしたら偶然ではなく、仕組まれているのかもしれない。
俺は女に背を向ける位置に座った。

「解るか?」

俺の問い掛けに立原が小さく頷く。

「不気味っすね…隙だらけのくせに、目で牽制してきてやがる。」

立原の表情からは苛立ちが滲み出ていた。
一般人ばかりの店内で荒事を起こす訳にもいかず、一先ず立原を落ち着かせる。
ナポリタンを食べさせてやったら上機嫌になっていた。単純な奴だ。

然し、女が会計に立った時、立原の表情がマフィアの其れに戻る。

「つけてシバキますか。」

女を睨み、立ち上がろうとした立原に首を横に振って制す。
立原は不満げに席に座り直し、再びナポリタンを食べ始めた。何処か引っかかるものがある。
確証を掴むまでは手は出せない。次は広津あたりを連れて来るか。



2024.04.30*ruka


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*confeito*