◇8 芥川兄妹に翻弄されるだけの話


こんなイケメンと生活を共にするだなんて、と緊張していたものの、中也さんは殆ど家にはいなかった。
マフィアの仕事は多忙らしく、私だけが何もすることがない日々を送っていた。

その中での唯一の楽しみは、真逆のポートマフィアの皆さんとの触れ合いだった。

あんなに恐れていた存在だったのに、私の住む世界は180度変わってしまった。
食材や生活必需品は、貸与されている携帯端末に登録された広津さんに連絡すると、◯ーバーイーツも驚きの早さで宅配してくれる。

下着等、広津さんに頼みにくいものは、もう一人番号が登録されていた銀さんという人に
連絡するよう言われ、先程連絡してみた。
電話で聞いた声は「はい」と「承知しました。」の二言だけだったけれど、とても可愛らしい声だった。
ポートマフィアにも女性が居る事からして驚いたけれど、声から想像するに銀さんはうら若き乙女だ。

何故、裏社会で生きていく人生を選択したのだろう。
興味が湧いたが聞いてもいいものか、悩んでいると突然後ろから肩を弱く叩かれた。

「うわ!吃驚した…!」

ポートマフィアの皆さんは此処の合鍵を持っているようで、呼鈴が押される事はなかった。

更に言うと、音もなく入室してくるものだから怖いのなんのって。心臓に悪い。
心臓を抑えながら振り返ると、そこにはなんと可憐な大和撫子…!

「えと…銀、さん?」

華奢で少し照れた様子の大和撫子は、一度だけ頷いて手にしていた紙袋を差し出してきた。
私が頼んでいた品物だろう。お礼を言いながら受け取ると、銀さんは一礼して足早に出て行こうとした。

「あ、待って!」

彼女の手を握ろうとしたが、見事に空振り。滅茶苦茶恥ずかしかった。
さっさと鈍間な手は引っ込めて、えへへと笑顔で誤魔化す。
手は握れなかったものの、銀さんは私の声に立ち止まってくれて、絶賛困り顔を向けられている。
そんな表情も可愛い。狡い。

「あの、もしよかったら、少しだけ、話し相手になってもらえませんか?」

ずっと一人で、外部との連絡も禁じられていると、そろそろおかしくなりそうだった。
広津さんと会話するコミュ力も勇気もなく、つい同性で齢も近そうな銀さんを呼び止めてしまった。
向こうは仕事で仕方なく私なんかの小間使いをしていることは解っているけれど、この機会を逃したくないくらいには精神的に追い込まれていた。

依然として困惑している銀さんを見て、罪悪感が生じる。

「やっぱり駄目、ですよね…ごめんなさい、困らせてしまうような事言って。忘れてください。」

再度お礼を言って手を振ると、銀さんは私に背を向け玄関に向かったが、すぐに立ち止まった。
ゆっくり振り返り、控えめな声が聞こえた。

「…少しだけ、なら。」

生声可愛過ぎかよ。

銀さんが話し相手になってくれる事が嬉しくて、急いで紅茶を淹れた。
ソファに向かい合って座り、所謂ガールズトークをする。
思いの外盛り上がったが(主に私が)、幼少期の話をしたら表情が一気に曇ったので会話を逸らした。
過去に陰がある大和撫子なんて素敵過ぎ。
いや、現在進行形で陰というか闇ではあるが。

すると、銀さんがちらりと時計に視線を向けた。
あっという間に一時間が過ぎていたことに気付き、慌てて謝罪する。

「少しの心算が…ごめんなさい。」

「大丈夫です、今日は私」

「銀は今日、非番だからな。問題無い。」

「あ、そうだったんですね。よかっ…た?」

私でも銀さんでもない、男の人の声が聞こえた。
その後に二、三回咳き込んでいた。
え、姿が見えないという事は私の背後にいるんだろうけど、此処に来る人みんな気配消し過ぎ。
何時来たの、ていうか、え、誰!?
でも銀さんが驚いていないところを見ると、恐らくは顔見知り…ポートマフィアの一人だろう。
そう言えば銀さん非番て、なんか申し訳ないな。
いや、それより、誰。

「兄さん。」

あ、銀さんのお兄さんかあ。
なぁんだ、納得。
え、え?お兄さん!?
兄妹でポートマフィア!?
なにそれ、振り返るの怖い!
でも銀さんのお兄さんなら美形必至。見たい!

恐怖心よりも好奇心が勝り、恐る恐る振り返ると、目の前に黒い何かが紙袋を差し出していた。

「頼まれた品だ。」

思考停止。
黒い、何?
あ、そうか、お兄さん?
ポートマフィアだもんね、黒くて得体の知れないお兄さんくらいいるよね。
いるの?

差し出されたものを受け取らずに固まっていると、少し戻って行った黒い何かの脇から人が見えた。

「…要らぬのか。」

とても不機嫌そうだった。
私、死ぬのかな。そう思ったけれど、銀さんが間に入ってくれて和解(?)した。

黒いものは龍之介さんの外套で、異能力らしい。
異能力って手品みたい、とは怖くて言えなかった。
黒い外套からなる黒獣は慣れてしまえば割と可愛く思えて、龍之介さんも吃度、根はそんなに怖い人ではないのではないだろうか。

今も眉間に皺は寄っているが、銀さんの隣に座り、私が淹れた紅茶を飲んでいる。
それに黒獣を突っついたり撫でたりしている私に呆れることなく、異能を使い続けてくれている。
あと矢張り顔が整っている。眉は短いけど。

「銀さん、非番なのに私に付き合わせてしまってごめんなさい。」

黒獣を撫でながら銀さんへ謝る。
どこか黒獣が気持ち良さそうなのは、私の勘違いだろう。
銀さんは首を横に振って、先程龍之介さんが持ってきた“頼まれた品”を嬉しそうに抱えた。

「今日の私の用事は、これだけでしたので。」

それは私ではなく、銀さんが龍之介さんに頼んだ品のようで、外装からして菓子類が入っていそうだった。

「自分で購いに行こうと思っていたのですが、兄が代わりに行ってくれて。」

当たり前だけど、ポートマフィアでもちゃんとお兄ちゃんしてるんだなあ。
ちょっとほっこりした気持ちで龍之介さんを見ると、ぷいっと顔を背けられてしまった。

「店が帰路に在った故、唯の序でだ。」

嗚呼、照れ隠しね。この兄妹、可愛いな。
銀さんもそれが解っているのだろう、小さく礼を言って微笑んだ。

「よければなまえさんも召し上がってください。」

そう言った銀さんがガサガサと紙袋から取り出したのは、有名洋菓子店のプリンだった。
前に私も並んで購ったなぁ…
え、龍之介さん、並んだの?
プリンを購う為に?
なんて優しいお兄ちゃんなんだ。
龍之介さんが女子に混じってプリン購入列に並んでいる姿を想像し、にやけるのを必死に堪えた。
が、龍之介さんに殺意のある視線を向けられたので一瞬で無表情になった。
困った様に苦笑いしながら銀さんが補足をしてくれる。

「店主とは知り合いで、二つ、取り置きしてもらっていたので…」

なんだ、並んでないのか。
少しガッカリしつつ、ある事に気付き慌てて断った。

「いやいや、それはおうちで二人で食べて下さい!」

私が頼んだものではないのだ、私の分がないのは当然。
兄妹二人で食べようと購ったものだろう。
まして行列に並ばなければ購えない(並んでないけど)ものを横取りするのは気が引ける。

両手を前に突き出して断る私から、龍之介さんへと視線を移す銀さん。
すると黒獣がプリンの器を一つ、ぱくりと噛み私の前へと置いた。

「銀が二つ購っただけのこと、僕の分と言う訳ではない。」

いやいや、それは貴方の分でしょうよ、お兄ちゃん。
否定しようと思ったが、銀さんが頷いたのでこれ以上断るのも野暮と思い、お言葉に甘えて頂戴した。

「…美味しい!」

感動ものの美味しさだった。
食べた事はあったけれど、矢張り美味しい。行列にも頷ける。
美味しいものを食べると幸福感を感じる。
それのお裾分け、と軽い気持ちでプリンを掬ったスプーンを龍之介さんへ向けた。

「龍之介さんも一口どうぞ!美味しいですよ!」

そう言った瞬間、何かが横切りプリンを乗せたスプーンがぽとりと落ちた。

…え?

私は変わらずスプーンの柄を持って、プリンを龍之介さんへ差し出す恰好をしている。
プリンを乗せたスプーンの先の方だけがテーブルへ無残にも落ちていたのだ。

……え?

落ちた可哀想なプリンから、恐る恐る視線を龍之介さんへ上げていくと、全身で殺意を感じた。

深い深い眉間の皺を刻む顔の横に揺れているのは、先程まで撫でていた黒獣。

あ、これ、死んだな。

蛇に睨まれた蛙って屹度こんな気持ちなんだろう。
段々とスプーンの柄だけを持つ手が震えてきた。

「僕を愚弄するか。」

全力で首を横へ振った。龍之介さんはフンッと鼻を鳴らして紅茶を啜る。

「美味い茶の礼だ。」

「あ、はい…有り難く頂戴致します...」

新しいスプーンを持ってきてプリンを食べた。
銀さんは少しも気にしていないみたいだった。
少しは気にした方がいいと思う、気にしてほしい。

なんだかんだで、長時間私の相手をしてくれた芥川兄妹。
久しぶりに愉しいと思える時間だった。
それだけで、込み上げるものがあった。

帰ると言う兄妹を玄関まで見送ると、銀さんが先に出た後に、龍之介さんが振り返った。

あれ?これ、時間差で殺されるパターン?

内心ドキドキしていた私に届いた言葉は意外な言葉だった。

「…礼を言う。」

意外過ぎて疑問符が飛ぶ。

「礼、とは…?」

龍之介さんは私の顔を数秒じぃっと見つめてから答えてくれた。

「銀が、愉しそうだった。」

礼を言いたいのは私の方なのに。
私の口からは礼に代わる言葉が出ていた。

「また、来て下さい。」



2024.12.31*ruka


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*confeito*