◆7 中也さんと同棲しているのかと錯覚するだけの話


鼻孔を掠める良い香り…急にお腹の虫が鳴った。
目を覚ますとどこかの家のソファに横になっていた。
おでこには濡れ布巾が宛がわれている。
濡れ布巾を取り、ゆっくり起き上がり辺りを見渡すと、生活感のない簡素な部屋だった。

「お、起きたか。」

後方から聞こえた声は中也さんのものだった。
くるりと振り返ると、ゆったりとした服装に着替え、髪を横でくくっていた。
このギャップ萌え、耐え難い…!

「ほら、あったまるぞ。」

そう言って差し出された中也さんの手から白いマグカップを受け取る。
中を覗くとクリーム色のコーンスープからゆらゆらと湯気がたっていた。

「此処には滅多に来ねえから珈琲も切れててな。後で買い物に出るから、今はそれで我慢してくれ。」

滅多に来ない、家…ポートマフィアだと、矢張りそういう場所があるのか。

「追手は巻いたし、此処ならそう簡単には見つからねえと思うが、どうしても外出したい時は俺が護衛に着いて行く。」

“どうしても”という事は、基本、外出は禁止なのか。

「連絡とかは...?」

これも制限されるのではと思いつつ、疑問を投げかける。
すると中也さんは「あぁ、」と言いながら思い出したようにポケットから携帯端末を取り出し、私へと放る。

「連絡はそれを使ってくれ。」

私が使用している機種の最新のものだった。

「あの、私の携帯は?」

「悪いが今は預からせてもらってる。」

返して貰える雰囲気ではなかった。
受け取った携帯端末を握り締め、じっと見つめていると、中也さんが私の横に座った。

「番号なら調べられなくもねえよ。誰の番号が知りたい?」

申し訳なさそうな声色に驚いて、思わず顔を中也さんへ向ける。

「え?実家の番号なら覚えているので大丈夫です。」

「実家…?男に連絡するもんだと思っていたが、そうか、実家か。」

お互いにきょとん顔で向き合う。
彼氏のことなんて頭の片隅にもなかった。その程度の関係なのだ。

一番に浮かんだのは両親の顔、私は無事だと伝えて、次に会社に休暇の連絡を…と思ったけれど、中也さんの顔を見ていたらどうでもよくなってきた。
非日常な出来事が一気に起き過ぎておかしくなってしまったのかも知れない。

今まで築き上げてきた私の平凡な毎日に、どれ程の価値がある。
命を張ってまで守る必要があるか。
連絡手段は中也さんに任せ、両親にだけ無事を伝えてもらうことにして、私から直接の連絡は誰にもしなかった。



2024.12.21*ruka


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*confeito*