◇50 id


何故か最近、なまえの奴が織田と仲が良い。
急激に仲良くなった。
俺は彼の二人が知り合いだってことすら知らなかった。
同じ組織の中に身を置く者同士なんだ、知り合う可能性は十二分にあるんだが…
なまえは織田を太宰と同じように、"織田作"と呼び、織田はなまえを下の名前で呼び捨てている。
二人が会話しているところを何度も目撃しているが、ただの同僚と会話している雰囲気じゃねえ。
もっと、親しげな空気だ。

別に、なまえが誰とツルもうが、俺には関係ねぇし、関与すべきことでもない。
少し気になっただけ、部下の身辺把握、そんなところだ。
呼び方からして、太宰絡みでの知り合いなんだろう。
今日は丁度最悪なことに、太宰との任務だ。
癪ではあるが、聞いてみるか。



「ねぇ、中也。別に構わないのだけれど、最近なまえちゃんと織田作が仲良過ぎると思わないかい。
別に佳いのだけれど、君、ちゃんと部下の管理しているの。別に興味ないのだけれど。」

顔を合わせるや否や、太宰が不機嫌顔で聞いてきた。
やけに言い訳染みた言葉を挟みまくっているところを見ると、なまえと織田のことを相当気にしているようだ。
此奴に聞こうと思っていたのに、俺と状況が全く一緒じゃねえか。
いや、俺は部下の身辺把握をだな…言い訳がましいか。

「手前こそ、織田から何も聞いてねえのかよ。」

太宰は不機嫌なまま、外方を向いてボソリと呟いた。

「…聞いていたら、中也なんかに聞かないよ。」

「は、ざまぁねえな。」

「君もね。」

嗚呼、最悪だ。



織田作となまえちゃんは、同調するであろうことは想定内だった。
私が似ていると思ったんだ、当然だ。
然し、ルパンで飲んだ時はこれ程まで近付いてはいなかった筈。
織田作のことだ、屹度あの後は大丈夫だったか心配して、声でも掛けたのだろう。

それにしてもあの親密度は看過できない。
なまえちゃんが、織田作と会話する時の表情。
それが私との時とも、中也との時とも違う。
強いて言うなら、首領と会話した時のような表情をしている。
そのことが、どうにも気になってしまう。
織田作となまえちゃんを引き合わせたのは私だけれど、二人の仲が良くなろうが悪くなろうが構わない。
それなのに理由が解らない胸の辺りのモヤモヤは、一体何なのだろうか。
今日は最悪だ。
仕事なんてしたい気分じゃないのに、中也との任務がある。
なまえちゃんは、何時になったら私が依頼した任務を果たしてくれるのだろうか。

こんなにも、その瞬間を…待ち焦がれているというのに。



「ねぇ、中也。別に構わないのだけれど、最近なまえちゃんと織田作が仲良過ぎると思わないかい。
別に佳いのだけれど、君、ちゃんと部下の管理しているの。別に興味ないのだけれど。」

なまえちゃんと織田作のことを話す心算は、これぽっちもありはしなかったのに、中也の顔を見たらむしゃくしゃしてきて、思わず問い掛けてみた。
どうせ、何も知らないのだろう。
私の望むような回答など、一粍だって期待してはいないのだけれど、何故か"中也も知らない"という事だけを、確認したかった。

「手前こそ、織田から何も聞いてねえのかよ。」

ほら、矢っ張り。
意味の解らない安堵感が漏れてしまう前に、顔を背けた。

「…聞いていたら、中也なんかに聞かないよ。」

「は、ざまぁねえな。」

「君もね。」

嗚呼、最悪。



「なまえ、悪いが適当に昼飯買ってきてくンねえか。」

中原は書類から目を離すことなくなまえに使いを依頼した。
朝から忙しそうに事務仕事を熟していく中原に、なまえは二つ返事で財布を手に取り席を立った。

適温に保たれているエントランスは、入口の開閉によって、時折冷たい風が入り込む。
外套を忘れたなまえは、取りに戻ろうかと考え、降りたばかりの昇降機に再び乗り込んだ。

昇降機という狭い空間で、偶然乗り合わせた構成員二人のヒソヒソ話が耳に入る。それは、通常ならば隣り合う二人しか聞き取れない程の小声であったが、閉鎖された空間且つあまりにも聞き逃せない単語がなまえの聴覚を刺激した。

「俺、昨日初めて間近で見ちゃったよ、噂の黒獣!」

「あー、太宰幹部が最近いつも連れてる奴だろ?」

「そうそう、外套が獣になって敵に襲いかかってさ、恐ろしいのなんのって!敵よりも彼奴が怖くて、俺全然動けなかったわ。」

「お前の出番はないから問題ねーよ。」

笑い合う構成員の腕を咄嗟に掴むなまえの顔は、喜びと不安とが入り混じったものだった。

「その話、詳しく聞かせて。」

昇降機を半強制的に降ろし、上目遣いで強請ると二人は簡単に了承した。

「おっかない異能力でさ、外套が黒獣になって敵の喉を掻っ切るんだよ。」

「太宰幹部が見つけてきた孤児らしいけど、いつも咳してて色白で、病弱そうなのに強いんだよなぁ。」

異能力の特性、孤児に咳…なまえの中にはたった一人の姿がくっきりと浮かんでいた。

「その人の、名前は…?」

震える声で問い掛けるなまえに、構成員二人は記憶を探る素振りを見せる。

「なんて言ったっけかなぁ。」

「うーん、確かあく、あくた」

「芥川龍之介。」

なまえの中に浮かんでいた人物と一致する名前を告げたのは、二人の構成員でもなまえでもなかった。

「だ、太宰幹部!お疲れ様です!」

「うん、お疲れ様。私、そこの子に用があるのだけれど、話は済んだかい。」

二人の構成員は深々とお辞儀をした後、そそくさと去っていった。

「傷つくなぁ。そんな逃げるように去って行かなくてもいいだろうに。」

取り残されたなまえは、口元だけで嗤う太宰を真っ直ぐ見据えていた。

「太宰さん、龍之介に会わせてください。」

太宰は無表情になり、暫くなまえの顔を見つめ、答えた。

「構わないよ、遅かれ早かれ会わせる心算だったし。でもその前に、私は君に用があるのだよ。」


2020.07.30*ruka




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*confeito*