◆49 紳士の嗜み -モテ男のハウツー-


「あれ、織田作じゃあないか!こんな所で何…」

織田作さんの背後から聞こえた声に過剰反応してしまう。びくりと肩を震わせると、それに気付いた織田作さんは、私の頭を一撫でしてから振り返る。

「いいのか、幹部殿がこんな所をフラフラしていて。」

冗談混じりに言うと、笑い乍ら太宰が近付いてきた。
目の水分は申し訳ないが、織田作さんの衣服に吸収してもらったので乾いている。
織田作さんから離れ視線を落とすと、太宰が私の真横でピタリと止まる。

「いいの、いいの。というか、これから任務に行くところだよ。織田作が心配しなくても、幹部としての仕事を全うしているよ。賞賛してほしいくらいにね。」

「そうか、それならいい。」

「おや、褒めてはくれないのかい。」

まるで私が存在していないかのように、楽し気に織田作さんと会話をする太宰の思考が読めない。
居た堪れず、風に靡く髪を耳に掛けようかと、動かした手を太宰が掴む。
思わず固まってしまう私の顔を、覗き込むようにして太宰が言った。

「で、なんで君は此処で織田作に抱きつき乍ら泣いているのかな。」

氷の様に冷たい瞳に視線を奪われる。掴まれた手が痛い。
怒っているのだろうか…だとしたら何故。

「済まない、太宰。俺が食事に誘ったんだ。」

「織田作が?」

織田作さんは手を離すように示唆してくれて、太宰はゆっくりと私の手を解放した。
太宰も咖哩店の存在を知っているらしく、咖哩を食べに行った事には納得した。

「けれども、なまえちゃんが泣いていたのは?如何して織田作に抱きつく必要があるの。」

嗚呼…嫉妬か。
太宰は私に嫉妬しているのかもしれない。親友である、織田作さんと親しげにしていたから。

「女性が泣いていたら、優しく抱き締めるといいと教えてくれたのは太宰だろう。それに」

織田作さんは言葉を区切ると、私に視線を向ける。

「女性の涙の理由を聞くのは野暮だ、と言っていたのも太宰だ。」

思い掛けない織田作さんの言葉に、私と太宰で同じ反応をする。
驚きのあまり言葉を失った。
別に正直に話したとしても、私が織田作さんを責めることはない。
然し、彼は言わなかった。
太宰がお腹を抱えて笑い出す。

「そんなことも言ったかもしれないね…ふふ、今日は織田作に免じてお咎めなしにしてあげよう。」

太宰の機嫌は良くなったらしく、その日はすんなりと解散となった。
織田作さんに感謝だ。



それからというもの、織田作さんを見掛ける度に声を掛けるようになり、また、織田作さんも声を掛けてくれた。

「あ、織田作さん。」

この日も中也に同行した任務の帰りに、枯葉塗れの織田作さんを見掛けた。
また迷い猫探しでもしていたのだろうか。
前を歩く上司に問い掛ける。

「中原さん、今日の任務はこれで終わりでしたよね。帰っていいですか。」

「あ?まぁ、確かに終わりだから帰っても構わねえが、これから飯でも」

「よかった、ではここで失礼します。」

「あ、おい!」

何か中也が言いかけたようだったが、気にせず道路向こうに見えた姿を目指して小走りする。

「織田作さん!」

思ったより歩く速度が早かった為、遠くまで離れてしまう前に呼び止めた。
織田作さんは驚いた表情で振り向く。

「なまえ。如何した、真逆、追って来たのか?」

少しだけ上がった息をする私を見て、心配そうな声色で問われ、大丈夫と返した。

「あのね、今日これから…咖哩、食べに行きたいなって、思って…」

あの日以来、咖哩店に行っていなかった。
中々行ける時間に任務が終わらないことが理由ではあったが、本当に、また私も行っていいのか、不安もあったからだった。
でも次に織田作さんに会ったら、また咖哩が食べたいと、またあの子達に会いたいと伝えようと決めていた。

「丁度この後行こうと思っていたところだ、一緒に行くか。」

嬉しくなって満面の笑みで頷く。

「でも、その前に」

私は少し背伸びをして、織田作さんの肩や頭を手で払う。
本人は気付いていないようだったので、付着していた枯葉を払ったのだ。
大方払い終わって両手を二回パンパンと叩く。
すると、織田作さんと目が合い、二人で小さく笑った。


2020.03.11*ruka



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*confeito*