◆ sweet 壱
月が薄っすらと浮かぶ空を眺めながら、着いた先はなまえ…と太宰の暮らす家。
敦は白いレースのついたハンカチを握りしめ、其の玄関の前に立っていた
◆
事の発端は数時間前の、探偵社での出来事。
お八つの時間が終わりなまえと敦で食器洗いをしていた。
なまえが洗い上げたものを敦が拭いて食器棚に仕舞う流れ作業。
他愛無い会話をし乍ら、平穏に過ぎ行く時間。
敦は此の時間が好きだった。
誰に言われた訳では無いが、なまえは自然とお八つの後片付けをしてくれる。
敦も自然と其れを手伝うようになった。
「今日の焼菓子も美味しかったね、敦くん!」
スポンジと白いお皿を手に、満面の笑みで話し掛けるなまえ。
「そうですね!ふわふわで甘くて、僕あんな高級品食べた事ありませんよ!」
焼菓子を思い出し乍ら幸せそうな笑みで応える敦に、なまえはうん、うんと頷く。
白いお皿が着々と綺麗になって敦に渡っていく。
残り一枚となったところで「あっ」と何かを思い出したように零すなまえ。
食器棚にお皿を仕舞い乍ら敦が問う。
「なまえさん?どうかしました?」
「あ、うん、太宰さんの分も貰ったからラップで包もうと思ってたの忘れてたー」
あははと笑うなまえから目を逸らす敦。
ふと表情に影が落ちた。
「今日、太宰さん、1日外出でしたもんね。僕、包んでおきましょうか。」
先程の幸せそうな笑顔は消え、どこか切なさが見え隠れする。
其れに気付き、なまえは敦に向けていた視線をぱっと外し、すぐ明るい声で返す。
「ううん!大丈夫だよ!私がちゃちゃっと包んじゃうから!」
ありがとうと付け足してなまえは、綺麗になった最後のお皿を敦に手渡した。
敦は返事の代わりにお皿を受け取り乍ら軽く会釈した。
ハンカチで濡れ手を拭うなまえ。
其れが此の時間の終わりの合図。
長く続いてほしい時間ほど、あっという間に過ぎてしまう。
此の時間がもっと続けばいい、終わらなければいいのに。
敦は終わりの合図を止めるかのように、なまえの頬に右手を伸ばした。
「え…?な、何?敦くん…」
突然の事に驚くなまえ。
一瞬身を引く。
敦の手がなまえの頬に届き、軽く撫ぜて離れる。
「泡が、ついていたので。」
すみませんと伏し目がちに言い、首を右に少し傾げる敦に対し、なまえはゆっくり2回程首を左右に軽く振った。
数秒二人ともそのまま動かず時間が過ぎた。
先に動いたのはなまえだった。
今度は首を大きく振り、ハンカチをポケットに仕舞う。
「じゃあ、先に戻るね。」
そう言うと、なまえはラップを手にし去ってしまった。
敦は軽く会釈をして、なまえの後ろ姿を見送った。
なまえの頬に触れた右手を見る。
泡なんて少しもついていない右手を。
なまえから受け取った白いお皿に視線を移し、一つ、溜め息を吐いた。
水分を拭き取った最後のお皿を食器棚に仕舞う。
お皿の重なる音が自棄に響いた気がした。
続
2017.02.23*ruka
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*confeito*