◆ Don't you need Apple? 壱


「しんじゅ、しんじゅー、うぉーうぉー♪ 」

太宰さんが御機嫌にお気に入りの歌を口遊みながら、何かしている。
怪しい。
とても怪しいーーー

◆

今日は早く目が覚めたので、少し早めに探偵社に出勤した。
すやすやと眠る鏡花ちゃんを起こさないようにそっと家を出て。
皆の机でも拭いて時間を潰そうと思い、武装探偵社の扉に手を掛けた。

ドアノブを捻ると何時も通り開いた。
扉なのだから、開くのが当然なのだけれど、未施錠という事になる。
昨日、最終退社者(恐らく国木田さん)が施錠し忘れたのだろうか。
彼の人に限ってそんな事あるだろうか。
でも国木田さんだって人間だ、施錠をし忘れる事くらい…

若しや空き巣?!
いやいや…武装探偵社の事務所と解っていて、盗みに入るなんて度胸のある空き巣なんていないだろう。

となると、ポートマフィアの連中が留守中に潜伏して…此方の方が現実味がある。

中に誰か居るかもしれない。
開けた瞬間に襲われるかもしれない。
其れでも、僕だって武装探偵社の一員だ。
…よし。
怖いけど、僕は、僕が出来る事をしよう。

恐る恐る、音がしない様に、ゆっくりと扉を開く。
息を殺して中を覗き見る。

そして冒頭へ繋がる…

◇

「な、何してるんですか、太宰さん…」

僕の声に気付き、太宰さんが僕を満面の笑みで見る。

「おや、敦くん早いねぇ、おはよう。」

質問には答えてくれず、また歌い始めてしまった。
事務所内に入り、太宰さんに近付いてみた。
すると、手にはなんとナイフが…

自殺?!

其の二文字が頭に浮かび、然し、一瞬で消え去った。

「え、なんで林檎?」

太宰さんの左手には林檎があり、其の皮を器用にナイフで剥いていた。
こんな朝早くから、自分で食べる為に、態々探偵社で林檎を剥く様な人ではない筈。
僕は嫌な予感しかしなかった。

「一日一個の林檎は医者を遠ざける、と言うだろう。如何だい、敦くんも一つ。」

太宰さんは器用に林檎を六つに切り分け、用意してあった楊枝で一切れ突き刺し、僕に差し出す。
僕は若干の警戒をしながらも受け取る。
林檎と太宰さんとを交互に見る。
満面の笑みが"さっさと食え"と催促している様で意を決して一口噛る。

「(もぐもぐ)…甘くて、美味しいで、す…」

何だ、意識が朦朧と…

「うふふ。さぁ、敦くん、質問の時間だよ。」

薄れゆく意識の中、太宰さんの妖しい微笑みが視界に映る。
…質問?何を言っているんだ…

「中島敦くん、君の異能力は何だい。」

「…月下獣です」

「敦くんが好きな食べ物は。」

「…茶漬けです」

「では、好いている女性は。」

「…なまえさんです」

「ふふ、矢張りね。じゃあ次は…」

パチッ

急に意識がはっきりと浮上してきた。
何だったんだ、今の時間は。
何が起きた。
何を、言った…?

「だ、太宰さん、今のは一体…?」

「ふむ、我が国の異能特務課は非常に優秀の様だ。唯、まだ効果が弱いなぁ…時間が短すぎる。意識も在るようだし。」

太宰さんは林檎を見ながらぶつぶつと何か言っている。
異能特務課?此れは異能特務課によって作られた物なのだろうか。

「あのぉ、太宰さん?」

「毒林檎だよ。」

さらりと言った。
此の人、さらりと怖いこと言った!
しかも何故そんなに満面の笑み…
血の気が一気に引いていくのを自覚する。

「簡単に説明するとね、これは異能特務課が、対象から情報を容易に引き出すための秘密兵器ってとこかな。」

「情報を、容易に引き出す…」

「そ、現に今、敦くんは私の質問に何の抵抗もせず答えただろう。」

人差し指をピンと立てて、愉しそうな太宰さん。
複数の異能者の異能力を掛け合わせて開発された、大層貴重な試作品らしい。
入手元の情報は教えてくれなかった。

「でも、何の為に入手したんです?」

現在、探偵社に情報を吐かせたい様な対象はいない筈。
それとも新しい依頼が入ったのだろうか。

「何の為って…面白いじゃあないか!」

此の人に質問した僕が浅はかだった。
常識で図れる様な相手ではない。
太宰さんの瞳がキラキラと純真無垢な少年の様な輝きを放つ。
然し其の本心は屹度、良からぬ事を考えているに違いない。

「此処で剥いているって事は、探偵社の誰かに林檎を食べさせたいって事ですよね。一体誰に…」

其れこそ愚問だった。
確認するまでもなく、太宰さんが林檎を食べさせたい相手は分かりきっていたから。

「敦くん、君も気になるだろう、なまえの想い人が誰か。」

「え!!ぼ、ぼぼ僕は、別に!何ですか!藪から棒に!」

包帯が巻かれた手で頬杖をつきながら、ニヤニヤと此方を見ている。
引き切った血の気が急速に戻ってくる。
戻り過ぎて顔の温度が急上昇する。

「藪から棒にって…今、自分で白状したじゃないか、なまえが好きだと。」

「ひぇっ?!そそ、そ其れは!毒林檎の…っ!」

にっこり笑顔の太宰さんに反論したところで劣勢は覆らず、また僕が発した言葉も戻る事はないので言い掛けて止めた。
深い溜息を一つ吐いて、俯いた。

気になるか、気にならないか聞かれたら、大いに気になる。

なまえさんに好きな人は居るのか、居るならば誰なのか。

…僕ではない事くらい、解っているつもりだけれど。
もし、もしも、なまえさんの好きな人が解ったら、此の気持ちは消えて無くなるのだろうか。

僕はなまえさんに早く出勤してほしい様な、来ないでほしい様な、もやもやした気持ちで探偵社の扉を見つめた。


続

2018.03.26*ruka


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*confeito*