◇ Don't you need Apple? 弐


「おはようございまーす!」

探偵社の扉が勢い良く開かれる。
元気な声の主は、賢治くんだ。
なまえさんでなくて、ホッとしている自分が居て不思議な感覚だ。

「なんだ敦、早いな。太宰もいるのか?!」

驚愕の表情と共に、国木田さんも現れる。
挨拶をしつつ苦笑いを浮かべる僕の顔を見て、不思議そうな表情に変わる。

「あー!太宰さん、美味しそうな林檎ですね!」

早速賢治くんが、例の林檎に気付く。
そう、見た目は普通の林檎で美味しそうだ。でも食べたら駄目だ!
また一人、太宰さんの毒牙、もとい毒林檎の餌食に…!

「賢治くんも一つ食べるかい?」

「いいんですか?わーい♪いただきまーす!」

「くにきーだくんも、お食べよ〜」

賢治くんがひょいっと一切れ摘み、一口で頬張る。
僕は止める事ができず『あわわわわ…』と、声にならない声を、心の中で賢治くんに向けて放つ。
何故、心の中でって…太宰さんが僕のベルトを確りと掴んで離してくれないからです。

「俺の今日の予定に、太宰から林檎の施しを受けるという予定はない。」

流石、国木田さん。
危機察知能力が長けているようで、毒林檎回避。
太宰さんは国木田さんに断られ、口を尖らせて拗ねる素振りをする。
すると賢治くんの雰囲気が、何時にも増してほんわかしてきた。

「却説、賢治くん、君の異能を教えてくれるかな。」

「…雨ニモマケズです」

「好きな食べ物は。」

「…天ぷら蕎麦です」

「では、好いている女性はいるかな。」

「…女性も、男性も、牛も、皆大好きです」

「牛も、ね。」

太宰さんは其処まで聞くと、指をパチンと鳴らした。
其れを合図に、賢治くんの目が大きく開き、何度か瞬きをした。
先刻の僕も、こんなだったんだろうなぁ。

「美味しい林檎ですねー!御馳走様でした!」

満面の笑みで太宰さんにお礼を述べる賢治くん。
毒林檎を食べさせられたという自覚は、微塵もなさそうだ。
太宰さんは「どう致しまして」と微笑みながら賢治くんの頭を撫でた。

「なんだい、楽しそうじゃないか。」

そうこうしていると、与謝野さんと乱歩さんが出勤してきた。
与謝野さんの後方から「なになに〜」と乱歩さんが顔を覗かせる。

「おはようございます、乱歩さん、与謝野さん。」

太宰さんが挨拶をしながら、自然に毒林檎が乗った皿を差し出した。
乱歩さんはじっと其れを見る。

「此れ、太宰が剥いたの。」

「そうですよ、乱歩さんもどうです。」

「いらなーい。」

乱歩さんは即答すると、駄菓子の袋を持ってソファーに座り込んだ。
其の反応は想定内だったみたいで、皿を与謝野さんに向ける。
一切れ楊枝で突き刺し、僕にしたように与謝野さんにも毒林檎をすすめた。

「妾はいただこうか。」

与謝野さんが、太宰さんから林檎を受け取り一口噛る。
シャクシャクと小気味良い音をたてて食べきった。

「では、与謝野さん、貴女の異能力は何ですか。」

「は?何今更言ってんだい。君死給勿だよ。」

「…与謝野さんの好きなものは。」

「酒だよ、知ってるだろう。」

「好いている男性は…」

「太宰、妾に惚れたのかい?」

「…いえ、私ではなく敦くんが知りたがっていたので。」

今までと様子が違う。
毒林檎の毒が効いていないかの様な…ん?
え。
いま、此の人…え。

「そうかい、敦。可愛いねぇ、弱い男は嫌いだから精進するんだよ。」

与謝野さんはどこか愉しそうに微笑み、医務室に消えていった。
太宰さんは苦笑いをして、肩を竦めた。

「如何やら与謝野さんには効かないらしいね。」

僕は其れに苦笑いで返した。

「おはようございます。」

「おはようございまぁす。」

次は谷崎さんとナオミさんが探偵社の扉を開く。
谷崎さんが直ぐに此方に気付く。

「あれ、何してるンですか?」

僕達に近付き、太宰さんの机を見る。
谷崎さんの肩越しにナオミさんも覗き込み、美味しそう!と声を上げた。

「よかったら、君たちもどうぞ。」

太宰さんがにっこり笑い掛ける。
二人ともお礼を述べながら、毒林檎を一切れずつ受け取った。

「兄様、ナオミがあ〜んして差し上げますわ!」

「え、ちょ、ナオミ、大丈夫だよ。自分で食べられるから…」

「あら、口応えですの?生意気な口はどの口かしら?」

「わわ!やめっ…ナオミ〜!」

何時も通りの展開になり、また僕は苦笑いを浮かべた。
太宰さんも二人には質問をする素振りすらなかった。

「…却説、そろそろかな。」

独り言の様に呟き、太宰さんは席を立つ。
毒林檎が一切れ乗ったお皿を持って。

「おはようございます。」

まるで太宰さんの行動に合わせるかの様に探偵社の扉が開かれた。
太宰さんが真に毒林檎を食べさせたかった相手が漸く現れた。
現れてしまった。

六つに切り分けられた毒林檎は一つになってしまったけれど、屹度太宰さんには一つで充分なんだろう。
嬉しそうな愉しそうな表情で彼女を迎えた。

「おはよう、なまえ。さぁ、お食べ!」




2018.03.27*ruka


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*confeito*