◆ 空は今日、縹色。壱


珍しく拾い物をした。

それは裏路地の片隅、物陰に隠れる様に転がっていた。

任務の後、送迎車までの短い道のり。
黒い小さな影が目に入る。
普段なら特段気にも留めないのに。
何故だかその時は、視界の端に映ったそれが気になった。

唯の塵だと思ったそれが、小さく動いた。
酷く弱々しく、一瞬だけ。

足を止めてそれを注視する。
数秒見ていたが動きはなく、見間違えか或いは風の仕業かと思い目を逸らそうとした瞬間。

バサバサバサッ…

沈黙していたそれが、急に大きな動きを見せた。小さな黒いそれが、翼を広げたのだ。

「鳥…か?」

然し、様子がおかしかった。
鳥なのに飛び立たない。
…飛び立てないのか。

何の気なしに、近づいてみる。
唯の気紛れ、如何する心算もない。

「…!」

矢張り鳥が転がっていた。
小型の鳥で、黒褐色の羽毛をした鳥が、夥しい血溜まりの中で、転がっていた。

先の銃撃戦で運悪く流れ弾が当たったか。右翼が赤黒く濡れそぼっていた。

放っておけば、間も無く事切れるのだろう。
翼を撃たれては鳥として致命傷、加えてこの出血量。
不運だとは思うが、これがコイツの運命なんだろう。

「せめてもの葬いだ。」

餞に煙草を取り出し、しゃがみ込む。
火をつけて一口喫み、空に向かって煙を吐き出す。

鼓膜に届く微かな羽音。
視線だけを落とす。
もがき苦しんでいる様な姿が映る。

「…もういいだろ、眠れよ。」

鳥の頭をそっと撫でてみた。
すると鳥は一際大きな動きを見せる。

「っ痛!…ハッ、生意気な奴。」

慈悲の右手は、小さい嘴に鋭く啄まれ、赤く痕を残した。
鳥の癖に反抗的で、一瞬、睨まれた気がした。

「嫌いじゃないぜ、その根性。生まれ変わって人間になれたら、俺の部下にしてやってもいい。」

鳥に向かって話し掛ける俺を見たら、太宰の嫌がらせの恰好の餌食になるだろう。
車も待たせてある。
そろそろ行くか。

立ち上がると、鳥はずりずりとほんの僅か移動を試みていた。

「…その死に抗う姿勢、どっかの自殺嗜癖野郎に見せてやりてぇわ。」





「あー、やっと来た。随分と鈍間になったものだね、中也。嗚呼、小さいから足が短いのか。」

車に着くと既に太宰が後部座席に乗り込んでいて、致し方無く隣に乗り込む。

「手前こそ、銃撃戦の時、何処に隠れていやがった。」

ドアが閉まるのを確認した運転手の部下が車を発進させる。
横目で太宰を睨みつけ乍ら問うと、謎の笑顔を向けられる。

「トイレ。」

「…そーかよ。」

聞いた俺が莫迦だった、何時だって此奴の答えなんてこんなもん。呆れるしかない。

「で、中也。」

「あ?」

太宰の顔からは気持ち悪い笑顔が消えて、暗い瞳が向けられ、俺の膝の上を指差した。

「それ、何。」

太宰が言う"それ"とは、俺の膝の上に置かれた帽子…の中に居る此奴だろう。
俺は結局、あの鳥を拾ってしまった。

「そのだっさい帽子の新しい使い方でも思いついた訳?と言うか、何で鳥?動物愛護の精神に芽生えたって言うの。そんな慈愛に満ちた人間だったとはね。」

ぽんぽんと嫌味が口から出てくる太宰には、今直ぐ殴りたいくらい苛つくが、自分でも不思議だった。動物を拾うなんて。

「煩ぇな…別に、唯の気紛れだよ。」

反論するのも阿呆らしく…正確には反論の正解が見つからずにはぐらかす。
すると太宰は帽子の中のそれを覗き込んできた。

「何だい、このちっこいの。手負いじゃあないか。拾う意味あるの。」

尤もだった。帽子の中で大人しく丸まっている小さな鳥は、車の揺れで右へ左へコロコロ転がっている。
右翼の弾痕から出血が続いており、帽子の内側を湿らせていた。

「…なぁ、首領って、鳥も治療できっかな。」

「え。」





「銃撃戦で敵組織の七割は死滅、上層部の人間を三名捕縛しました。これから拷問にかけて、アジト諸々吐かせる手筈です。」

銃撃戦の最中にトイレに行っていたクソ野郎が首領に堂々と報告をする。
別にそんなのは如何でも良くて、俺は後ろ手に隠した帽子、の中に気が向いていた。

「報告ご苦労、引き続き宜しく頼むよ。」

首領が椅子の背凭れに体重を掛ける。目を閉じてゆっくり開くと、執務机に片肘を突いて顔を支える。視線が俺に向いていた。
合わせるように隣に立っている太宰も俺を見下ろす。

「中原くん、一体何を隠しているのかな。」

バレバレだった。





「はい、取り敢えずの応急処置程度しか出来ていないけれど、止血は出来た筈だよ。」

駄目元で首領に鳥の治療を頼んでみたら、自分は獣医では無いからと言いつつ手当をしてくれた。

「すみません、首領直々にこんな事してもらって。」

深々と一礼すると柔らかい笑い声が降ってきた。

「いや、構わないよ。偶には弱き者を扶けるのも悪くない。
然し、見たところかなり衰弱している様だね。中原くんが看病してやったとしても…」

首領はそこまで言うと、言葉を区切った。
俺もその先は推測出来たし、言われるまでも無くその可能性は承知していた。

「有難う御座いました、首領。」

また帽子の中に鳥を入れて、首領の部屋を後にした。





家に鳥を連れ帰って、帽子から鳥を出してやる。
温かい、まだちゃんと生きていた。
殆ど動かなくなってしまったから、真逆とは思ったが、少し安堵した。

鳥籠なんてものは勿論無く、出来るだけふかふかのクッションの上に鳥を置いてやった。
其れをソファの端に置き、俺も同じソファに俯せに横たわる。
目線を合わせて見る。
鳥は眠っている様だった。

小さい頭を人差し指で撫でてみた。
眠っているせいか、今度は何の反抗もなく静かに撫でられていた。
その姿を見ていたら瞼が重くなってきた。
俺はそのまま、鳥と一緒にその日を終えた。




2018.07.15*ruka


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*confeito*