◇ 空は今日、縹色。弐
中也は随分と甲斐甲斐しく鳥の世話をしていた。
真逆、首領に鳥の治療を頼むとは思わなかったし、餌を捕まえに行くと言って虫籠を持ち出すとも思わなかった。
…結局、捕まえた虫は食べなかったみたいだけれど。
夕飯の小魚を分け与えてみたら美味しそうに食べたと喜んでいたっけ。
中也の懸命の看護の賜物か、鳥は日毎に回復していった。
そして最初こそ警戒していたのだろうが、今となっては中也に良く懐いている。
まだ翼は広げられない様子だが、ちょこちょこと跳ね歩いて中也の肩や頭に乗ったりしていた。
今だって、ソファで肩に鳥を乗せて、楽しそうに鳥と話をしている相棒が居る。
「鳥とお喋りだなんて、メルヘンなマフィアもいたもんだね。小さい者同士、話が合うのかな。」
私の来訪に気付かない中也に、呆れた声で話し掛ける。
何時もならば私のちょっとした嫌味にも過剰に反応する中也なのに、最近はイマイチ反応が薄い。…鳥と一緒に居ると特に。
正直、面白くなかった。
「中也、仕事の時間だ、行くよ。」
別に急いではなかったけれど、溜め息混じりに急かしてみた。すると中也は「おー」とだけ返事をして、何やら準備を始めた。
腕組みをし乍ら、その様子を視線で追う。
慣れた手付きで、鳥の為に上等なクッションを執務机に置き、水と餌の入った小皿を設置した。
「なまえ、早く戻るから大人しく待っててな。」
中也は肩から自分の左手へ鳥を移動させると、優しく話し掛けた。
"なまえ"と呼ばれた鳥も、了解したかの様に、中也に頬擦りをした。
末期だと思う。
「うわぁ…鳥に"なまえ"だなんて、女の子みたいな名前付けてるとか…気色悪い。」
準備したクッションに鳥をそっと乗せると、中也が照れ臭そうに答えた。
「別に、いーだろ。それに…」
「それに?」
こんな反応の中也は珍しい。これはこれで面白い、今後の嫌がらせに使えそうだと考え乍ら耳を傾ける。
「名前、考えてたら…聞こえた気がしたんだよ。"なまえ"って。」
「…病院、紹介しようか。」
想像以上に相方の頭がおかしくなっていた。顔を真っ赤にして嘘じゃないだの何だのと、照れ隠しでよく解らない理由で怒っている中也を無視して、鳥を見た。
鳥も私を見ている様だったが、生憎、私は鳥と会話は出来ないし、しようとも思わない。
視線を逸らして部屋を後にした。
◇
中也が鳥を拾って一つの季節が過ぎようとしていた。漸く短距離なら飛行出来る様になったと中也が喜んでいた。
頃合いだと思った。
鳥の巣となっている執務室に入ると、中也は机に突っ伏して居眠りをしていた。
頭の上にはあの鳥が蹲って一緒に寝ている。
別に、その光景は何度か目にしていたから如何とも思わなかったが、或る物が目に入る。
中也の肩に掛けられた外套。
明らかに"誰か"が眠る中也に掛けてやった物だろう。
紅葉さんとか、広津さんとか、面倒見の良い人たちは居るが、その誰でも無いと予見していた。
「矢っ張りか。」
静かに呟いた心算だったが、中也が声に反応して起き上がる。
鳥も同じタイミングで羽をぱたぱたと羽ばたき、中也の頭の上からクッションへ降りた。
大きな伸びをした中也の肩から外套が滑り落ちる。
中也は一瞬、不思議そうにしたが、直ぐに私に視線を向けた。
「何だ、太宰。今日は手前との任務は無い筈だぜ。」
私は一枚の紙を中也に渡す。首領からの指令書だった。
「その次の任務の事で話があるそうだよ。まったく、使い走りなんていい迷惑だ。」
中也は受け取った紙をざっと一読して「わかった」と部屋を出て行った。
扉が閉まった後、先まで中也が座っていた椅子に座る。執務机に頬杖を突き乍ら、鳥を見つめた。
「君が中也に拾われた日に捕らえた捕虜達が漸く口を割ってね。
大方の情報収集が終わったから、先日始末したんだ。
その中に面白い情報が在ってね。
雇われの女情報屋が、あの日、あの場所に居たんだって。」
鳥は大人しく私の話を聞いている様子で、私の顔をジッと見ていた。
「その組織は男所帯で、あの場所に居た女性は情報屋だけだったらしい。
だけれど私達が死滅させた遺体の中に女性は居なかったんだ。勿論、捕虜の中にもね。
そして、もう一つ。」
私は鳥にゆっくりと手を伸ばす。鳥に逃げる素振りは無かった。
「その情報屋はみょうじ なまえ。異能力者だった、鳥になれる、ね。」
私の手が鳥に触れた瞬間、光を放ち、黒髪の少女、なまえが姿を現した。
なまえはペタリと床に座り込む。
身につけていた黒いワンピースは、後ろの裾だけが長かった。
「何時から、戻れた。」
静かに問い掛ける。なまえは小さい手でスカートの裾をギュッと握り締めて答えた。
「昨夜、からです。」
ノースリーブから伸びた白い腕の、右肩辺りに痛々しい弾痕が有った。
衰弱によって異能力が上手く使えなくなっていたのだろう。
「如何したものかね。」
敵組織が雇った情報屋を黙って見過ごす程、優しい私では無いし、何より、この状況を中也が知ったら如何なるか。
「彼は私なんかよりずっと首領に従順でね、君の正体を知ったら始末すると言うだろうね。」
苦渋の決断になるだろうけれど、中也ならその選択をする。
「覚悟は、出来ています。」
なまえは黒く輝く瞳を、私に真っ直ぐ向けた。迷いは無い、言葉通りの表情で。
「中也さんには感謝しています。あの日、中也さんに拾われていなければ、今の私は存在していないでしょうから。だから…」
「君には二つ、選択肢が在る。」
なまえの言葉を遮り、目の前に二本の指を立てた。
「一つ目は、中也に全て話して始末される。」
少し哀しそうな表情を浮かべつつ、なまえは小さく頷いた。
「二つ目は、二度と情報屋としてポートマフィアとは関わらない事を条件に…君は再び鳥の姿に戻り、中也には正体も告げずに此処を去る。」
私の言葉を受けて、なまえが驚いた様に目を丸くして私を見上げる。
「君には情報を託される前だったみたいだし、其の情報も拷問で吐かせたから、君は謂わば用済みだ。
されど、敵組織が雇った情報屋という事実は変わらない。始末するのが筋だ。」
淡々と説明する私の言葉を真剣に聞くなまえ。
「中也に"最悪の選択"をさせるのは簡単だけれど、その後、私がどんな嫌がらせをしても彼の反応は屹度、退屈なものになってしまうだろうからね。
だから私は二つ目の選択肢を、強くお勧めするよ。」
言い終わると、なまえは一筋の涙を流した。涙の意味なんて解らないし、興味も無い。
だけれど、何となく、視線を逸らさずにはいられなかった。
「太宰さん、私、貴方が嫌いでした。何時も中也さんに嫌がらせをする、最低な人って。」
「…嗚呼、そう。」
なまえは涙を手で拭うと、柔らかく笑った。
「でも、私の思い過ごしでした。ごめんなさい…
それから、ありがとう。私自身の事もそうですが」
「勘違いしないでくれ給え。別に、君や中也の為なんかではないさ。
私は唯、自分の精神衛生上、最善を尽くしたまで。
辛気臭い相棒と任務なんて御免だからね。」
また、柔らかい笑顔を私に向けたなまえが静かに立ち上がる。
執務机の上に置かれたクッションに触れ、寂しそうな笑顔に変わった。
「…鳥には特段詳しくないのだけれど、尾羽に切れ込みが入ってる所を見ると、君は燕かい?」
「はい、正確には海燕です。」
「成る程、だから虫は食べなかったのか。」
なまえは苦笑いし乍ら頷いた。
そして深々とお辞儀をして、海燕の姿へと変わる。
近くの窓を半分開けてやった。
「またね、"海燕"さん。」
窓から勢い良く空へ向かって飛び立つ。
黒褐色の翼が、縹色の空に映えていた。
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2018.07.20*ruka
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*confeito*