◆ レイ・チャールズによろしく哀愁 壱
「なまえがそんっな石頭だったとはな!」
「そっくりその儘返すわ!中也の分からず屋!」
中也と付き合ってから初めての大喧嘩をした。
毎日忙しい中也とはすれ違いの日々で、約二ヶ月振りに真面に顔を合わせたと思ったらコレだ。
違う、こんな筈じゃない。
◆
あの日、私は見たくないものを見た。
部下の立原とランチに外へ出た時の事だった。
私は何処でだって、何時だって、あの人が居れば見つける。
絶対。自信がある。伊達に長年、あの人の背中を追ってない。
だから、人や車が行き交う雑踏の中だとしても、後ろ姿だとしても見つけられる。
見間違えであれば良かったのに、見つけてしまった。
隣に居る、金髪美女の同期が目立っていたからでは断じてない。
急に立ち止まった私の背中に立原がぶつかる。
「ぶっ!なんすか、なまえさん!何か見つけ……あれ、中也さんすか?」
私の視線の先を追うように、道路向こうの歩道を見る。
「隣に居るのは」と言い掛けて、固まった儘の私と向こう側とを交互に見る。
楽しそうに笑う横顔を見て、嫌悪感で胸がいっぱいになる。私にその笑顔が向けられているのなら、愛しさしかないのに。
何で、よりによって私の同期、樋口の隣で笑ってるの。私以外にそんな優しい顔で笑いかけないでほしかった。
私は視線を落として踵を返した。
「ごめん、立原。ランチ一人で行って。」
◇
夜、帰宅はてっぺんを優に回り、真夜中になってしまった。
昼に見た"あの光景"を忘れたくて、我武者羅に仕事をこなしていたせいだ。
疲れと眠気で気怠い体を引き摺り乍ら、マンションの鍵を開ける。
「(あれ、電気つけっぱで出たかな。)」
部屋の電気が煌々と光っていて、外出時の自分の行動を思い出そうとしたが、途中でそんな事如何でも良くなって、玄関の電気をつける。
パンプスを脱ごうと少々屈み、右の踵に手を掛けた時、自分のではない革靴が目に入る。
その瞬間、姿勢はその儘に顔だけ明るい部屋へ向けた。
「よぉ、おかえり。遅かったな。」
そこには久々に会う、優しく微笑む大好きな人、中也が居た。
それだけで泣きそうなくらい胸が苦しいのに、今すぐ抱き着きたい衝動に駆られるのに、脳裏に浮かぶ"あの光景"が邪魔をする。
潤んだ瞳を隠すように下を向いて、パンプスを脱ぐ。
「嗚呼、来てたの。」
我ながら可愛くないと思う。素っ気なく放った自分の声がいつもより低く感じた。
脱いだパンプスを端に揃えて置き、スリッパを履いて立ち上がる。
すると急に暖かい体温で優しく包まれた。
「ンだよ、つれねぇな。夕飯作って待ってたってのによ。」
そんなの反則だ…いよいよ涙が零れ落ちそうになった所で、顎に手を掛けられ強制的に顔を上げさせられる。
蒼い、綺麗な瞳が私を映していた。
困ったような顔をして「機嫌直せよ」と言い乍ら、中也の顔が近づいてくる。
この儘、中也を受け入れたら今まで通り、仲の良い恋人として過ごしていける。
昼間の事は、記憶に蓋をして、何も見なかった事にして。
ドンッ
考えとは裏腹に、私の手は中也の胸を押し返していた。
「…………私以外にも、こういう事してるの。」
中也の顔は見れなかった。屹度、私の反抗に驚いてるんだと思う。
全然動かないし、何も言わない。
ゆっくり、中也の胸から手を離す。
けれど、タダで返してもらえる訳もなく、左手が中也に捕まった。
「…おい、それ、如何いう意味だよ。」
声だけで解る、中也は怒ってる。でも、アレを見なかった事には出来なかった。
無かった事にして、中也と付き合い続けるなんて、出来なかった。
ハッキリさせたかった。
お願い、私の涙腺、もう少し頑張って。
「中也…今日、何してた?」
俯いた儘、中也に問い掛ける。掴まれている左手に力が加わる。
「何って、仕事だよ。」
「何処で?」
尋問してるみたいに間髪入れずに問う。
「何処って………三日前から西方に出張で、今日の夕方戻ってからはずっと本部で事務処理だよ。」
一瞬、息の仕方を忘れたみたいに、呼吸が止まった。
なんで。
如何して嘘吐くの。
今、私がそうなんだって納得したフリをすれば引き返せる。
この重い空気も直ぐに変わって、楽しく夕飯を一緒に食べられる。
…ごめん、騙されてあげられなくて。
「昼間、見かけたの、中也の事。樋口と二人で楽しそうにしてるとこ。」
「…!あー…戻ったのは昼だったか。でも、あれは」
中也が動揺した隙に左手を引っ込める。思いの外、手首に赤い痕がついていた。
「樋口は美人だし、銃の扱いも上手いし、私なんかより全然優秀だもんね。」
少し痛む手首を摩り乍ら言う。卑屈な女ほど醜いものはない。
「おいなまえ、手前何が言いたい。」
何が言いたいかなんて、解ってるクセに。中也の声色が怖くて直ぐには答えられなかった。
「逆に聞くが、この前の探偵社との顔合わせの時、随分太宰と親しくしてたじゃねぇか。」
ビックリした。
真逆、中也がそんな事言うなんて。
仕事中は私の事なんて気にしてないと思ってたから。
ちょっと嬉しくなってるのは都合が良過ぎると解っていても、嬉しかった。
「いや、アレは太宰さんが一方的に」
「別れ際にこっそり連絡先渡されてただろ。真逆、連絡してねぇだろうな。」
…随分と細かい所までチェックされてた事を思い知った。
「連絡ならしたけど、それは仕事の話だし、何も無いもん。」
中也が無表情で右手を差し出してきた。
え、何、握手…じゃないよね。
意味が解らずキョトンとしている私に「ん」と言って、差し出した右手を振り、何かを求めてくる。
「出せよ、スマホ。」
「え。」
「本当に仕事の話だけなら見せれンだろ。あと太宰と手前が直接連絡取る必要はねぇから、連絡先の削除と着信拒否も。」
太宰さんとの遣り取りを思い出してみる。私は確かに仕事の話しかしていない。
…が、太宰さんからは食事やデェトの誘いが沢山入っている。
着信もちょいちょいあって、履歴を消しておけばよかった…
今この状況でそれを見られたら、悪い方向にしか転ばないだろう。
「そ、それはやり過ぎでしょう!私と太宰さんは何もないってば!
それよりも中也と樋口の方が怪しいよ!」
勢いで本音が出てしまった。はっとして顔を上げる。怒って、る?
「無い、絶対無い。樋口は俺のタイプじゃない。なまえが一番解ってンだろ。」
「じゃあ!なんで、嘘吐いたの。
最初にそう言ってくれたら、信じられたのに…」
なんで、目を逸らすの。
それも、嘘なの?
どれが、嘘なの?
わかんなくなっちゃった。
〜♪
タイミング悪く、私のスマホが着信を知らせる。
二人の間に電子音が鳴り響く。
「…出ろよ。」
こんな真夜中に掛かってくるのは仕事の電話だけだろう。
そう思ってバッグからスマホを取り出そうとした。
取り出す直前、万が一を考えて、念の為、画面の表示を確認する。
"太宰さん"
万が一だった。
咄嗟に切るボタンを押し、バッグの奥底へとスマホを捩じ込んだ。
「なまえ、なんで出なかった。」
「え?あー、今取り込み中だし?」
「太宰か。」
「いや」
「太宰だろ。」
「…。」
「スマホ出せよ。」
バッグを抱え込み、拒否の姿勢を示す。
目に見えて中也の苛々が募っている。
「わ、私だって太宰さんなんてタイプじゃないし。確かに格好良くて優しいとは思うけど…」
「は?尚更スマホ渡せ。なんなら機種変しろ。二度とあの青鯖と関わるな。」
何、この暴挙。
「私と太宰さんは本当に何もないから。中也こそ、樋口と何してたのか教えてよ!」
ぐっと口を噤む中也は、また視線を逸らす。その反応って、そういう事でしょう。
「なまえがそんっな石頭だったとはな!」
「そっくりその儘返すわ!中也の分からず屋!」
結局、中也は作った夕飯を食べずに部屋を出て行った。
"会えない時間が愛を育てる"なんて歌があった気がするけど、あれは屹度、綺麗事。
続
2018.07.28*ruka
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*confeito*