◇ 感情の名前 壱


いつも遠くから見つめていた。
端正な顔立ちを隠す包帯の理由は、任務で怪我を負うことも勿論あるが、それだけでなく様々な自殺を試みてのことだと中也さんが教えてくれたことがある。
何故そんなことを繰り返すのか。
余程、辛いことでもあったのだろうか。
私が知ることは屹度、この先ありはしないのだと思う。
それでも憧れずにはいられなかった。



私は異能力者ではないし、中也さんみたいに身体能力が高い訳ではなかった。
偶々私が画策した作戦が続けて成功を収め、中也さんに気に入られ直属の部下として引っ張ってくれた。
位置付けとしては格好良く言うと、中也さんの秘書兼参謀といったところだ。そのお陰で、太宰さんと接する機会も増え、私としては嬉しい限りなのだが、気懸りなことがある。

それは、"太宰さんに嫌われているのではないか"ということ。

嫌われるようなことをした覚えは勿論ないし、というより、そこまで深く関わりがない。
私が気付かないうちに、太宰さんの気に障るようなことをしてしまったのだろうか。

距離が以前よりも縮まり、こうして任務に同行させてもらったりしている。
今の様な環境は嬉しくもあり、申し訳なくもあり、非常に複雑な気持ちになってしまう。

「何だ、なまえ。具合でも悪ぃのか。」

助手席の中也さんが、浮かない顔で運転をする私に気付いたらしく、心配をして声を掛けてくれる。

「あ、いえ、すみません…元気です。」

「そりゃよかった。」

中也さんはそう言って笑った。
中也さんと太宰さんは犬猿の仲、此処で私が"太宰さんのことを考えてました"なんていうことを言おうものなら、忽ちに機嫌を損ね、これからの任務に支障をきたすこと請け合いだ。
今日は中也さんにご活躍してもらわなければならないことを想定していた為、それだけは避けたい。
穏便に終わるプランが望ましいが…
それには、太宰さんの協力が必要だった。
彼の人の話術があれば、これから会う取引相手も大人しく従ってくれるだろう。
問題は、太宰さんが時間通りに来るかどうか。
そして来たとしても、天邪鬼を起こさないかどうか。
この場に私がいることが、マイナスにはたらかなければ良いが。

「中也さん、お疲れ様でした。到着です。」

車を適当な場所に停め、中也さんにそう告げると、先に降車し助手席へ回る。
中也さんの為にドアを開ける。降車後、いつも中也さんの第一声は私への御礼だったが、今日は違った。
原因は、私の後方から聞こえた声が、彼の人のものだったから。

「遅いよ、中也。幹部である私を待たせるなんて、いい度胸してる。」

「これはこれは糞幹部殿、うちのなまえは手前ェと違って安全運転なんでね。つうか遅刻はしてねぇ。」

売り言葉に買い言葉。
この二人の挨拶の様なものだ。
私は御二方の機嫌が、明後日の方向に向かないことを祈るばかりだった。
ドアを閉めると、中也さんが私の頭を撫でて御礼をくれた。

「ちっ……」

……ん?
今、どこからか舌打ちが聞こえたような…
と言っても、今いるのは私と中也さんと太宰さん。
すぐ隣にいる中也さんではないし、当然私でもないとすると…真逆ね。
それとも、私、何かしたんだろうか。
今の一連の動作を脳内再生するが、特にこれといった問題点は見当たらない。
然し舌打ちも、空耳とは思えない程はっきり聞こえた。

ふと中也さんを見ると、何故かニヤリと口を歪ませている。
何だ何だ、何かいいことでもあったのだろうか。
視線を太宰さんへ移すと、冷たい片目と目が合った、と思った瞬間、全力で逸らされる。
そんなに露骨に嫌悪を示さなくてもいいのに…流石に今のは傷ついた。
思わず顔を下に向けてしまった。

…いやいやいや!
幹部様を目の前に挨拶しない奴があるか。中也さんの面子を潰し兼ねない。
個人的な感情は置いておいて、その辺りは確りやりたい。

「太宰さん、お疲れ様です。ご足労頂き感謝致します。」

逸らされた瞳が再び私を捉える。私が話し掛けたのだから、自然なのだけれど、少し緊張してしまう。
でもその視線は優しいものなんかではなくて、突き刺さるような厳しいもので、つい視線を下げてしまった。

「全くだよ。言っておくけど、別に中也の為でも、君の為でもないからね。」

言われなくても解ってはいたが、釘を刺すように冷たく言い放たれると、矢張り辛い。
苦笑いを返すしか私にはできなかった。

「…唯、今回の君の案に賛同はするよ。中々に良い着眼点だ。」

そういった太宰さんの表情こそ無表情だったけれど、言葉だけを聞けば褒められている。
初めてだった、太宰さんに褒められるなんて。
抑も、そんな機会自体が稀少でもある。
休日返上で画策した甲斐があった。
嬉しくて、嬉し過ぎて、笑顔を隠せなくて、満面の笑みで御礼を述べる。
すると、何故か太宰さんは吃驚したように目をぱちくりさせてから、私の方へ手を伸ばす。

「なまえ、もたもたすんな。行くぞ。」

伸びてきた手が私に触れる直前、中也さんに呼ばれる。
太宰さんの手はぴたりと止まり、私も視線を前方の中也さんへと移し、返事をする。
若しも中也さんに声を掛けられなかったら、彼の手は私に届いたのだろうか。
中也さんがしてくれるみたいに、私の頭を撫でてくれたのだろうか。
そんな希望的観測、後で泣きを見るだけなのだから、よせばいいのに、心臓は煩いくらいに脈を打つ。




2019.01.24*ruka


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*confeito*