◇ 曰く、惚れたが悪いか【左の林檎】


なまえ姫は、恐る恐る左の林檎に手を伸ばしました。
そしてその隣の林檎を迷うことなく中也が選びます。
必然的に残った右の林檎を、太宰が手に取りました。

「それでは、運命の時間だ。"幸せ"を手にするのは誰だろうね。
ふふ、いただくとしようか。」

三人はほぼ同時に林檎を齧り、しゃくりと小気味良い音が、静かな森に響きました。

ーーーぼとり。

数秒後、一人の手から林檎が滑り落ちました。
そして間もなく、その人物は林檎が落ちた先と同じ地面へ膝を着き、倒れ込みました。

「なまえ姫ッ!」

中也が倒れた人物、なまえ姫へ駆け寄り叫びました。
なまえ姫を抱き上げ、上を向かせます。

まるで眠っているかのような、安らかな表情をしておりました。
中也がいくらなまえ姫を呼んでも、頬を叩いても、身体を揺すっても、少しの反応も返ってはきませんでした。
中也は悔しさで顔を歪ませます。なまえ姫の頬を包むように手を添えました。

「………解毒剤は。持ってンだろ。」

なまえ姫を見つめたまま、太宰に問い掛けます。
太宰は無言のまま、なまえ姫の傍らに転がる林檎を拾い上げました。

「ないよ、そんなもの。こういったゲェムに於いて逃げ道の存在は、興を醒めさせるだけだろう。」

中也が舌打ちをし、太宰が拾い上げた毒林檎を齧ろうとした、その時でした。

「あのぉ、すみません。道をお尋ねしたいのですが…」

突如として白馬に乗った、如何にも王子様的風貌の少年が現れたのです。
太宰と中也は驚き、その人物に視線を向けました。

「えと、ポートマフィア王国にとても美しい姫がいると聞いて馳せ参じたのですが、お恥ずかしいことに、先導していた家来とはぐれてしまって…」

アハハとはにかみながら頭を掻いた少年は、白馬を降り、太宰と中也に近付きました。

「ところで皆さんは此処で何を……って!ええぇ!?人がし、死んで、る…?」

少年は中也が抱えるなまえ姫に気付き、一度は驚きましたが、その美しさに膝を折り、なまえ姫に手を伸ばしました。

「何処の何奴だか知らねぇが、此奴に…なまえ姫に触んじゃねぇ。」

中也がギロリと睨みつけましたが、青年は怖がりながらも中也の発した名前に驚きます。

「この美しい人がなまえ姫…僕は彼女に会いに来たのです。」

「少年、君の名前は。」

太宰が毒林檎を手にしたまま少年に問い掛けました。
少年は立ち上がると太宰に向き直り、堂々と名乗ります。

「失礼しました。僕は武装探偵王国が王子、中島敦と申します。」

太宰は敦王子を見ると、少し考えたあと手招きをしました。
敦王子は何も疑わずに近付くと、突然口に何かを放り込まれました。
そしてこっそりと耳打ちをされます。

「なまえ姫に飲ませてあげて。口移しでね!」

敦王子は驚き、顔を真っ赤にして抗議しようとしましたが、太宰に両肩をしっかりと掴まれ、微笑みかけられました。

「なまえ姫を国へ連れて帰りたいのだろう?だとしたら、今が絶好の好機だよ。」

敦王子は状況が飲み込めないながら、中也が抱くなまえ姫に近付き、中也の制止を振り切って口付けを落としました。
そして、先程の太宰の指示の通り、口内にある何かを、なまえ姫の口内へ移しました。
その拍子に何かが割れ、苦い薬のようなものが出てきました。
敦王子が口を離すと、中也に頬を思い切り殴られました。
平手打ちではありません。
拳骨です。
敦王子は吹っ飛び、付近の樹木に頭部を強打し、気を失ってしまいました。

「とんだ変態野郎だ、死体に口付けなんざ…」

「おや、中也。本当にそうかな、よく見てごらんよ。」

遠巻きに眺めていた太宰が、笑いながら指差す先には、なまえ姫が薄っすらと瞼を上げておりました。

「な…なまえ姫ッ!」

「ん……中也、私…」

なまえ姫は徐々に覚醒していき、何度か瞬きをして真っ直ぐ中也を見つめました。

「なまえ姫!よかった…」

中也はなまえ姫を強く抱き締め、喜びを溢れさせます。
それも束の間、太宰に引き剥がされてしまったのです。

「はいはい、そこまで。中也は何もしていないでしょ。」

ぼんやりとする頭を抱え、なまえ姫が太宰に問い掛けました。

「私、毒林檎を食べて…死んだのではないのですか?」

困惑の表情を向けるなまえ姫と視線を合わせるように、太宰が片膝をつき、優しく頭を撫でました。

「御目出度う、運命の王子様の口付けで目を覚ましたんだよ。」

そして、気を失っている敦王子に視線を向けると、なまえ姫もつられるように敦王子を見ました。

「なまえ姫は敦王子の住む、武装探偵王国へ共に行くといい。
大丈夫、彼は愛と正義の王子だから。」

優しく微笑む太宰を疑うことは、なまえ姫には到底できませんでした。
小さく頷くと、差し伸べられた太宰の手を取り立ち上がります。

「…幸せになれよ、なまえ姫。」

中也はそう言い残し、森の奥へ帰って行ってしまいました。
却説、と太宰が敦王子へ近付きます。

「起きろ、少年!」





後書

2019.03.26*ruka


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*confeito*