◆ 曰く、惚れたが悪いか 弐


なまえ姫と小人たちが一緒に暮らすようになって、暫く経ったある日のことでした。
森の奥深くに、なまえ姫でも小人たちでもない人影が一つありました。

「心中は一人では出来ない〜♪」

静かな森の中で、陽気に歌いながら歩く男がおりました。
籠をぶら下げた手には包帯が巻かれ、また反対の手や首にも同じように包帯が巻かれております。

「却説、この辺りの筈だけれど。」

包帯だらけの男が呟き立ち止まると、木陰から怯えるように顔を出した人物がおりました。

「……だ、太宰、さん?」

姿を現したのは、なまえ姫でした。

「やァ、なまえ姫。無事で良かった!探したのだよ。」

太宰と呼ばれた男は、なまえ姫に駆け寄ると、そっと抱き締めました。
その拍子に、なまえ姫がスカートを受け皿にして持っていた幾つかの林檎が溢れ落ちてしまいました。
太宰はそれを目では追いましたが、なまえ姫を離しませんでした。

「あの…どうして、太宰さんが此処に?」

なまえ姫が困惑しながら問うと、太宰はなまえ姫の耳元で囁きました。


「……君を殺しに。」


怖い程の優しく低い声色は、なまえ姫に恐怖を与えました。
なまえ姫は身を強張らせます。
その反応に気付いた太宰は、漸くなまえ姫を解放し、打って変わって明るく笑い掛けます。

「冗談だよ。私がしたいのは"君を殺害"ではなく"君と心中"なのだから!」

うふふと笑う太宰だったが、何方にせよなまえ姫の死を望むことには変わらないと、なまえ姫は警戒を深めました。

「ふふ、そんなに怖がらないでよ。そうだ、これをあげよう。」

太宰は持っていた籠から、一つの真っ赤な林檎を取り出しました。

「美味しそうな林檎でしょう。ほら、遠慮せずに一口どうぞ。」

太宰がなまえ姫に林檎を差し出しましたが、なまえ姫は戸惑っておりました。
小人たちと暮らすようになってから、中也先生に"知らない人から物を貰わないように"と言いつけられていたからでした。
然し、なまえ姫と太宰は知らない仲ではありませんでした。
太宰は国王の側近として、城で仕える者だったのです。
なまえ姫はそろそろと手を伸ばし、太宰が差し出す林檎に触れる直前、芥川の言葉を思い出しました。

『決して城に戻ってはいけない。これは、貴女が生きるための選択だ』

そして、先程の太宰の言葉が追って思い出されます。

『……君を殺しに。』

なまえ姫は林檎から太宰へ視線を移すと、口を歪め、冷たい双眸と目が合いました。

「おい、青鯖!なまえ姫と何してやがる。」

後ろから聞こえた声になまえ姫が振り向くと、赤い帯色帽子の小人、中也が立っていました。

「おや、変だな。確かに声が聞こえたような気がしたのだけれど、誰も居ないね。」

太宰が声の出所を探す素振りで言うと、怒った中也はドスドスと歩きなまえ姫と太宰の間に割って入りました。

「もう二度と森に立ち入るなと言った筈だ。」

「あ、中也居たの。ちっちゃくて気がつかなかった。」

アハハと笑う太宰の脛を、中也は思いっきり蹴り上げました。痛そうに脛を押さえ蹲る太宰を無視し、中也はなまえ姫の手を取りました。

「ほら、こんな奴放っておいて行くぞ。呆けっとすンな。」

中也がなまえ姫の手を引き歩き出しましたが、反発があり振り返ります。
蹲った儘の太宰が、なまえ姫の反対の手を掴んでおりました。

「どうやら噂は本当だったようだね。真逆、君たち小人と共に暮らしているとは驚いた。
国王がなまえ姫を手放すのは時間の問題だから待っていたというのに、こんな横槍が入るなんて想定外だよ。」

そう言いながら立ち上がった太宰は、なまえ姫の腰を抱き寄せ、顎に手をかけました。

「なまえ姫、こんな森は今すぐに出て、私と一緒に安住の地、否…心中の地へ行こう!」

なまえ姫は太宰の手を振り解き、数歩後退ると、中也の横へ移動しました。

「ごめんなさい、太宰さん。私はあなたとは死ねません。」

繋がれた手が震えていることに気づいた中也は、なまえ姫の頭をポンポンと叩くと、自分の後ろへ隠すように移動させました。

「だそうだ、残念だったな。死にたがりの包帯野郎。」

ニヤリとした表情を向ける中也を鋭く睨みつけた後、太宰は盛大な溜め息を吐きました。

「はぁあああ…至極残念だよ、なまえ姫。
私の手を取ってもらえないというのなら、私は私の任務を果たさなければならない。嗚呼、残念だ。」

若干芝居掛かった大げさな太宰の振る舞いに、なまえ姫と中也は眉を顰めました。
太宰の任務が何を意味するのか、二人は解ってしまったのです。
太宰は国王の側近、その太宰が一人で森に赴き、なまえ姫を探していたとなれば思考の行き着く先は一つでした。

「私を殺すの、太宰さん。」

太宰は直ぐには答えませんでした。顎に手をあて何やら少し考えた後、両手をパンと叩きました。
その表情はとても面白いことを思いついた少年宛らでした。

「ゲェムをしよう!」

なまえ姫と中也は呆気にとられ、目を丸くしました。

「ゲェム、ですか。」

「そう、単純明快なゲェムだよ。
お察しの通り、私の任務はなまえ姫を殺すことだけれど、ただ殺すだけではつまらないでしょう。
それに、私が直接美人に手を下すというのは、あまり気分が良いものでもないし。」

にこやかに物騒なことを話す太宰を、中也が睨みつけ言いました。

「ゲェムだと?人の、なまえ姫の命を賭けたゲェムをするって言うのか?
はッ、イカれてやがる。そんなの付き合ってやる必要ねぇよ。」

「何言ってるの、君も参加するのだよ、中也。」

当然でしょう、と笑う太宰は徐ろになまえ姫が落とした林檎を二つ拾いました。
そして自身が持っていたカゴにそっと入れます。

「此処に美味しそうな林檎が三つある。そのうち一つは毒林檎。
本当はこれでなまえ姫と心中したかったのだけれど。」

そこまで言うと太宰は辺りを見渡し、後方に切り株を見つけ、其処に林檎を三つ並べました。
どれも真っ赤で美味しそうな林檎です。
そのうちの一つが毒林檎とは、とてもとても見えません。

「この林檎を一人一つ選んで同時に食べる。
当然私達のうち誰かが死ぬことになる訳だけれど…なまえ姫が死ねば王には自殺したと告げ、私の任務は完遂。
中也が死ねば私は最高に嬉しいし、なまえ姫を攫うことも容易になる。
私が死ぬのは、まあ美女と心中できないのは不本意だが問題はない。
とても簡単なゲェムでしょう。」

ね、となまえ姫に微笑み掛けますが、なまえ姫は恐怖の色を隠せませんでした。
自分が死ぬかもしれない恐怖、自分が生き長らえたとしても、中也か太宰のどちらかが死ぬという恐怖が胸を支配します。

「そりゃあ、太宰、公平なゲェムとは言えねえな。どう考えても手前が有利だ。」

中也は恐怖よりも怒りが勝っている様子で言いました。太宰は頷き答えました。

「そうだね、"命を賭ける"という点では公平だが、"命の選択"に於いては不公平だ。
だから私は最後に残った林檎で構わないよ。」

「そうじゃねえ!"命の重み"の話だ。
常日頃、自殺だ何だっつってる手前ぇは死んでも構わねえだろうが、なまえ姫と俺は必死に生きてんだよ。」

中也は低い声で反論します。
表情は未だに怒りに満ちておりました。

「命の重みだって?それは誰が判断するのだい。
君か?なまえ姫か?それとも私か?
私だとしたら、一番命が軽いのは君だよ中也。
なまえ姫はその命を国王が狙っていて、私はその王の側近だ。
だが君は唯の森の小人だろう。私からしたら価値は零に等しいね。否、零だ。」

「ンだと、糞鯖…!」

「あの!」

太宰の挑発的な発言により、中也が飛び掛かるように太宰の胸倉を勢いよく掴みました。
然しそれをなまえ姫が制止したのです。
太宰と中也は同時になまえ姫に視線を向けました。

「あの…命の重みに差なんてないと、思います。
一人にたった一つ与えられた尊い命です。
私は太宰さんの命も、中也の命もとても大切です。
二人の命を私一つの命で救えるのなら、喜んで差し出しましょう。」

両手を胸の前で組み、まるで聖女のように言うなまえ姫の肩は、小刻みに震えておりました。
中也は舌打ちをして太宰を解放します。

「莫迦言え、なまえ姫を見殺しにしてのうのうと生きていられるほど能天気じゃねえよ。」

「安心してよ、なまえ姫が死んでしまったとしても、私も直ぐ後を追うからねっ」

太宰がまた物騒なことを言いつつ、並べられた三つの林檎を指し示しました。
この単純が故に恐ろしい、三択のゲェムに参加せざるを得ないようです。

「さあ、どれにする?なまえ姫。」


壱、左の林檎を手に取る

弐、真ん中の林檎を手に取る

参、右の林檎を手に取る




2019.03.26*ruka


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*confeito*