◆ 曰く、惚れたが悪いか【真ん中の林檎】
なまえ姫は、恐る恐る真ん中の林檎に手を伸ばしました。
そして左の林檎を迷うことなく中也が選びます。
必然的に残った右の林檎を、太宰が手に取りました。
「それでは、運命の時間だ。"幸せ"を手にするのは誰だろうね。
ふふ、いただくとしようか。」
三人はほぼ同時に林檎を齧り、しゃくりと小気味良い音が、静かな森に響きました。
ーーーぼとり。
数秒後、一人の手から林檎が滑り落ちました。
そして間もなく、その人物は林檎が落ちた先と同じ地面へ膝を着き、倒れ込みました。
「中也…?やだ、嘘でしょ…中也!」
なまえ姫は手にしていた林檎を放り投げ、すぐさま倒れ込んだ中也に駆け寄り抱き上げると、中也の帽子が音もなく地面へ落ちました。
なまえ姫がどんなに中也を呼んでも、頬を叩いても、体を揺すっても、少しも反応は返ってきません。
なまえ姫は我慢できずに、涙をぽろぽろと溢しました。
鼓動が聞こえない中也の体を抱き締め、泣き続けるなまえ姫に、太宰が静かな声で言いました。
「なまえ姫、君には二つの選択肢がある。
一つはこのまま私に攫われ、共に心中の地を探す。
もう一つは…中也を救い"自らの意思"で、私と共に心中の地を探す。
選択は二つに一つ。さぁ、何方が良いかな。」
太宰の言葉になまえ姫は勢いよく顔を上げました。
見上げた太宰が嘘をついているとは、到底思えませんでした。
中也を救う手段がある、つまりは解毒剤の存在を仄めかしているのです。
なまえ姫に選択の余地は、在って無いようなものでした。
「太宰さん、早く…早く中也を救ってください!」
太宰はニヤリと笑い、外套の衣嚢から小瓶を取り出しました。
それをなまえ姫へ手渡します。
「それを飲ませれば、中也の心臓はまた煩く動き出すよ。」
なまえ姫は、太宰の言葉が終わるより早く小瓶の蓋を開け、中也の口に流し込もうとしました。
然し、上手く口を開くことができません。
なまえ姫は少し考えた後、黙って見ていた太宰が慌てる手段をとりました。
「ちょっ…なまえ姫!?君がそこまでする必要は…!」
止めようと手を伸ばした太宰を無視して、なまえ姫は小瓶に入った解毒剤と思われる液体を躊躇なく呷り、口移しで中也の口内に流し込みました。
すると、程無くして固く閉ざされていた中也の瞳が開かれ、心臓が鼓動を刻み始めました。
「中也…!よかった、中也…」
なまえ姫は喜び、中也をできるだけの力で強く抱き締めました。
「な、なまえ姫?俺は毒林檎で死んだはずじゃ…」
中也は優しくなまえ姫を抱き締め返しましたが、混乱と動揺を隠しきれませんでした。
「中也、なまえ姫に感謝しなよ。君を救ってくれたのは彼女だ。」
中也が声のした方へ視線を向けると、不機嫌そうな太宰が腕を組んで立っておりました。
視線をなまえ姫へ移すと、ゆっくりと首を横に振りました。
「太宰さんがね、解毒剤をくれたの。本当によかった、中也が死なないで…」
その言葉を聞いた中也は、徐々に眉間の皺を深めました。
太宰が解毒剤を"無償"で提供するとは思えなかったからです。
事実、林檎を食べる前に、中也が死ねば嬉しい上になまえ姫を攫える、と明言しておりました。
中也はこれからする質問の答えを、予想の域を超えて理解しておりましたが、静かになまえ姫に問い掛けました。
「代償は、何だ。」
なまえ姫は微笑むばかりで答えようとはしませんでしたが、そっとなまえ姫の頬を流れた一筋の雫が答えでした。
中也が指でその雫を拭うと、なまえ姫はその手に擦り寄りました。
すると、パンパンと手を叩く音が響き、太宰が二人に近付き言いました。
「さあ、なまえ姫。中也も残念ながら息を吹き返してしまったようだし、そろそろ行こうか。」
なまえ姫は俯いておりましたが、少し時間をおいてから立ち上がりました。
中也がなまえ姫の手を掴み、悲しみと怒りが入り混じったような表情で見上げました。
「中也…今まで色々ありがとう。私は太宰さんと一緒に行くことにしたの。
皆にお別れを言えないのは悲しいけれど…皆によろしく伝えてね。」
なまえ姫はそう言って微笑むと、中也の手をゆっくりと解きました。
中也はなまえ姫の体温を失った片手を見つめると、太宰を睨みつけながら言いました。
「おい、太宰。なまえ姫を何処に連れていく心算だ。」
それに対し、太宰は少し考えてから答えました。
「そうだねぇ、まぁ暫くは色々な所に行こうか。他の王国に居着くかもしれない。
そうしたらまた何処かで会うかもしれないね、生きていれば。」
太宰がなまえ姫に手を差し出すと、なまえ姫はそっと手を重ね、二人は歩き出しました。
その背中を、中也は見えなくなるまで見つめていましたが、なまえ姫が振り返ることはありませんでした。
◇
それから四年の月日が経ちました。
なまえ姫と太宰は、武装探偵王国で暮らすことを決めました。
未だに太宰は自殺未遂を繰り返し、幾度となくなまえ姫を心中に誘いますが、日々楽しく幸せに暮らしておりました。
そんな二人が小人と再会を果たすのは、また別のお話。
終
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2019.03.26*ruka
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*confeito*