◆ 曰く、惚れたが悪いか【右の林檎】


なまえ姫は、恐る恐る右の林檎に手を伸ばしました。
そして真ん中の林檎を迷うことなく中也が選びます。
必然的に残った左の林檎を、太宰が手に取りました。

「それでは、運命の時間だ。"幸せ"を手にするのは誰だろうね。
ふふ、いただくとしようか。」

三人はほぼ同時に林檎を齧り、しゃくりと小気味良い音が、静かな森に響きました。

ーーーぼとり。

数秒後、一人の手から林檎が滑り落ちました。
そして間もなく、その人物は林檎が落ちた先と同じ地面へ膝を着き、倒れ込みました。

「…太宰さんっ!」

なまえ姫が倒れた太宰に駆け寄り、抱き上げました。
なまえ姫は何度も太宰の名を呼び、頬を叩き、体を揺すったりもしましたが、少しも反応は返ってきませんでした。
なまえ姫の横に腰を下ろした中也が、太宰の首へ手を当てます。

「………諦めろ、なまえ姫。」

太宰が目を覚ますかもしれないと期待し、声を掛け続けるなまえ姫を不憫に思ったのか、脈をとり、現実を突きつけました。
なまえ姫は静かにぽろぽろと涙を零しました。
中也はその横で、黙ってなまえ姫の頭を撫でてやりました。
暫くして、漸くなまえ姫の涙が枯れた頃、なまえ姫は太宰を一度強く抱き締め、決心したように中也に言いました。

「中也、お願いがあるの。」

「仕様がねぇ、手伝ってやるよ。」

中也はなまえ姫が全て言い切るよりも早く、返事をしました。
何をお願いされるのか、容易に想像できたからです。
なまえ姫は太宰を埋葬してやりたいと考えたのでした。
このまま此処に捨て置くことはできず、ポートマフィア王国へ送り返す訳にもいきません。
幼少期からよく遊び相手になってくれていた太宰を、どこか兄のように慕っていたなまえ姫は、花が沢山咲く丘に埋葬することを決めました。

中也に手伝ってもらい、丘までやってくると、太宰をそっと寝かせました。
なまえ姫は弔いの花を摘み始めます。
中也は眠ったような顔の太宰を見下ろし言いました。

「此奴だけは、一回殴っておかねえと気が済まねぇ…!」

太宰の顔を見ていたら、苛々してきたらしく、固く拳をつくっておりました。

「え?ちょ…中也!駄目だよ、相手は死人なんだよ!」

花を摘んでいたなまえ姫が異変に気付き、慌てて中也の元へ小走りで戻りました。
然し中也はそれを気にもせず、太宰の顔面に一発、鉄拳を喰らわしておりました。
なまえ姫は太宰を中也から守るように抱えると、奇跡が起こりました。
確かに心肺停止していた太宰が、突如として苦しそうに咳き込みだしたではありませんか。

「え…だ、太宰さん!?え、えぇ?」

困惑するなまえ姫は、取り敢えず咳込む太宰の背中を摩ってあげました。
一方、中也は腕を組み、舌打ちをしていました。

「いてて……馬鹿力。」

「うっせぇ、性悪が。」

頬を摩りながら中也を見上げる太宰に、中也が溜め息混じりに言いました。
今の状況が飲み込めないなまえ姫は、頭上に疑問符を多数浮かべ、太宰と中也の顔を交互に見ておりました。

「ふふ、なまえ姫、驚かせて悪かったね。実は口内に、解毒剤を仕込んでおいたのだよ。」

「で、でも、中也は太宰さんを殴るなんて」

「そこまで見越していたんだろうよ。
死人だろうがなんだろうが、俺は太宰を殴るってな。」

なまえ姫は吃驚した顔を太宰に向けました。
太宰はにっこり微笑み、なまえ姫の頭を撫でました。

「若しかして、太宰さんは自分が毒りんごを食べると解っていたの?」

なまえ姫の問い掛けに、太宰はキョトンとした表情を返しました。

「真逆!私が林檎を手に取ったのは一番最後だし、選択の余地はなかっただろう。
解毒剤を仕込んでおいたのは、唯の保険さ。」

楽しそうに明るい声で言う太宰でしたが、なまえ姫の顔は青褪めていきました。

「じゃあ、私か中也が毒りんごを選んでいたら…」

「なまえ姫の分の解毒剤も用意してあったよ。中也の分はないけれど。」

「おいっ!」

「まぁでもそんな回避手段があるって解っていたら、少しも楽しくないでしょ。」

ニヤリと口元を歪めた太宰の真意は、なまえ姫には解りませんでした。
本当に唯の余興に過ぎなかったのか、それとも他に目的があったのか。
解毒剤を用意していたあたり、本当になまえ姫を殺す心算はなかったように思えたなまえ姫は、小さく安堵の溜め息を吐きました。
太宰は立ち上がり、少し服を叩いて汚れを払い言いました。

「ゲェムは私の負けのようだし、今日のところは大人しく帰るとするよ。またね、なまえ姫。」

太宰に合わせて立ち上がり、スカートの汚れを叩いていたなまえ姫の顔を上に向かせると、そのまま頬に口付けました。

「手間ぇ…さっさと失せろ。二度と来んな!」

中也が太宰押し退け、睨みつけます。
太宰は少し笑うと、踵を返し、お城の方へと歩いて行きました。
なまえ姫はその背中を見送ると、中也に向き直り言いました。

「さあ、中也。私たちも帰ろう、みんなが待っているおうちに。」





後書

2019.03.26*ruka


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*confeito*