緊急停車

優柔不断、良くいえば断りきれない人間。

(どっちにしろ良くないだろ!)

自問自答を繰返しながら帰路につくのも何日目になるだろうか。
TRICKSTERの活動に生徒会としての活動、ここ最近は帰りが遅くなるのが当たり前になってきていた。

今日もTRICKSTERの練習を終えた後、生徒会の書類を片付けてからの下校になってしまった。
自分で選んだ道、後悔はないが当然の様に疲労は溜まっていた。

(今日こそはしっかり休まないとな)

そんなことを考えているうちに、思ったよりも疲労の蓄積された体は緩やかに夢の世界へ誘われていった。


ぐる...


違和感を感じて目が覚めたのは最寄り駅まであとひと駅と迫った時のことだ。

(腹が...)

突然理由もなく、腹からギュルギュルと獣の唸り声のような音がした。
途端に背中にぞくりとした悪寒が走る。

(下痢だ...)

体が強いというわけではないが、腹を下すなんて久方ぶりの事だった。
理由はわからない、最近の疲労がいつの間にかストレスとして蓄積されていたのかもしれない。

突然の急降下はかなり焦ったが、最寄り駅は後わずか、座れているし大丈夫だろうとタカをくくった。
座席に周囲に気取られないよう体重をかける。
バッグで隠しながらお腹をさすっていた時であった。

『きゃ!』

車内で小さく悲鳴が上がる。
電車が急停止したことにより車内が大きく揺れたのだ。
衣更はよろけてしまった女性を近くの男性が助け起こすのを横目に、ぐるぐると唸る腹を抱えて焦っている。

(何が...)

アナウンスで告げられたのは次の停車駅でのトラブルで、運転が再開されるまで待機するとの内容であった。
そんな...、と衣更の顔がより青ざめていく。
今にも決壊寸前の肛門に力を入れた。

「はぁ...、ぅ」

幸か不幸か車内はそれなりに人はいるものの、特段混みあってはいなかった。
そのため苦しそうに顔をゆがめ唇を噛む衣更を不審に思う者もいない。

(いたい...なんで...いたい...)

早くトイレに行きたい。この痛みの原因を出してしまいたい。
衣更の頭の中をぐるぐるするのはそれだけだ。
普段そうそう腹を下すことがないということは、それだけ腹痛というものに免疫がないということだ。
腹をさすっていた手は最早白くなる程に強い力で服を握りしめていた。

(やばい...もれそう...)

そう、腹痛だけならば耐えることも出来ただろう。
衣更を襲っているのは強烈な腹痛と、当然の様に伴う強烈な便意である。
ぴくぴくと、何度も開きかける肛門を気合いだけで押さえ込んでいく。

電車は未だ一向に動こうとはしてくれない。
絶望に体の力が一瞬だけ抜ける。

(あっ...うそ...)

ぶわ、と肛門が開いたのがわかった。びく、と体が電流を流したように痙攣する。
ここまで来たらもう、仕方がない、出した方が楽、という思考が脳内を一瞬にして支配した。

(だめだ!!)

しかし間一髪で理性が勝ちすんでのところでせき止める。
周囲にバレないよう注意しながらスボンの上から指でぎゅうぎゅうと押さえつけた。
けれども既に衣更は心身ともに風前の灯だった。

どんなに頑張っても誰も助けてはくれない。
どんなに努力しても報われることは無い。

もう、思考回路はまるで壊れたように訳のわからない言葉で埋め尽くされ始めていた。

それでも衣更は、たま痙攣し硬直する、この慣れない衝動の波を何度も乗り越えた。
ようやく、電車が動き出したのはその頃あった。

(動いた...!)

それでもまだ安心はできない。
気を抜かぬよう細心の注意を払いドアを注視する。

ぐる、ぎゅる、と腹は急かすように唸り、そのたびに肛門を内側から圧迫してくるのがわかる。
僅かに時間をおいて電車は最寄り駅に停車した。

衣更は恐る恐る立ち上がる。
走り出したい衝動に駆られながらも、今走れば決壊することを悟り耐える。
最早へっぴり腰で誰がどうみても大便を我慢しているようにしか見えなかった。
時間が遅かったからか人が少なかったことが幸いし、それでも衣更を咎めるものはいなかった。
否、もし人混みの中であったとしても衣更を表立って咎める者なんていなかっただろう。
それでも、好奇の目に晒されるのは耐えられなかった。

「うっ、く...っ」

1歩1歩の歩みはまるで亀のように遅い。
数歩歩けば襲い来る波に立ち止まり直接指で押さえ込みたい衝動を抑える。

既に目の前にはゴールが見えていた。
あと少し。
はあ、はあ、と息を荒くしながら決死の思いで足を進める。
ここでしゃがめば二度と立ち上がれないことを衣更は知っていた。
先程から誤魔化しきれない程ガスが漏れ始めていた。

(でも、あと少し...!)

しかしこんなにも頑張った衣更を待っていた光景は非情だった。

(うそ...うそだろ?!)

それは男子トイレに並ぶ長蛇の列であった。
衣更はそこになす術もなく立ち尽くす。
今度こそ並んでいる男性から哀れむような視線が注がれたが、同じく余裕が無いのか誰も衣更に声をかける者はいなかった。

(もう無理...)

ぎゅるぎゅるぎゅる、と最大の波が衣更を襲うのと視界に障害者用トイレが映ったのはほぼ同時だった。

躊躇う暇はなかった。
普段から部活やユニットの練習で鍛えられた瞬発力で最後の力を振り絞る。
トイレに入れば乱暴に鍵を閉めてカバンを床に投げ捨てた。

(はやくはやくはやく...っ)

誰もいないのをいいことに足を子どものようにぱたぱたと忙しなく動かし、尻を上下に振って最後の抵抗を続けた。

ぶしゅ、とついに肛門が根を上げるのと同時にズボンを下ろし便器に腰を下ろす。

「んあ...っ、いっ、た...」

しゅううう、とどれほど下していたのか出てくるそれは完全に液状になっていた。
力を抜けばまるでおしっこのようにとめどなく便器に叩きつけられる。
痛みに混じり間に合った、という安心感とようやく出すことが出来たという開放感が体の内側から快感としてじんわり脳内を支配する。

果てしないように感じたが、排泄は20分程で落ち着いた。
初冬も過ぎたというのに額はじっとりと汗ばんでいた。
もうすっかり腹具合は良好で先程までが嘘のように静まり返っている。

それでも慎重な衣更のことだ、またいつ調子が悪くなるとも限らない。
早々に身なりを整え、今日はゆっくり休もうと家路に付くのであった。
4/4
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