Marguerite

満月に誓う


特に物音がした、とかじゃないけれど、目を覚ました。隣に秀一さんはいなくて、散々甘えてきたわりにいないのか、といなくなった秀一さんがいたであろう場所のシーツを握る。

(ずるい、なぁ……)

女心に疎いのに、絶妙なタイミングで甘やかしてくる。なんてずるい人なんだろうか。身体を起こして、そっとシーツを撫でながら秀一さんのことを思う。そんなとき、扉の開く音がして秀一さんが部屋に入ってきた。

「起きたのか、」
「ん…。いないから、ちょっとビックリしました」

「悪いな。さすがに、煙草を吸うのにわざわざ起こしたくなかった」

秀一さんがベッドの端に座って、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。私から秀一さんに抱きつけば、体臭に紛れて香る煙草の匂い。

「最近は、本数減ってたのに…」

「たまに、吸いたくなるんだ」
「ふふっ、私も一回吸ったからホントは人のこと言えないですね」

いつだっただろうか。一度だけ、秀一さんに煙草を貰って吸った。すぐに、消されてしまったけれど。

「呉羽、」

秀一さんが、私の名前を呼ぶ。それに答えるようにぎゅっと抱きつけば、秀一さんは私の額にキスをして頭を撫でる。

「何をそんなに、不安がる…?」
「え……?」
「俺は、お前の傍にいる。嫌がっても、離すつもりなんてない」

本当に、ずるい人。秀一さんはもうすぐ私から離れてしまうのに。目の前から、いなくなってしまうのに。どうしてこんなにも私が欲しいと思う言葉を紡ぐのか。このまま、時が止まってしまえばいいのに。私の前から、いなくならなければいいのに。

「呉羽、」
「え……きゃ、」

バサリ、と布の擦れ合う音がして、真っ白な視界に白いシーツが頭にかけられたのだと気付く。モゾモゾとシーツを退ける為に動いていると、シーツの中に入ってきた秀一さんの手が私の顔を上に向かせて、頭にシーツを乗せたまま、顔の部分だけがシーツから出される。

「……病めるときも、健やかなるときも」
「え……?」
「富めるときも、貧しきときも」
「っ…………」
「誓って、くれるか。ただ、俺だけを愛してくれると」

真っ直ぐに、萌葱色の瞳が私を見つめる。秀一さんの言葉の意味が、分からない年じゃない。その言葉がどんなときに使われる言葉で、どんな意味を持つ言葉かくらい、知ってる。
秀一さんの言葉に、私の瞳からポロポロと涙が零れて視界が滲む。秀一さんの顔を見たいのに、溢れる涙がそれを阻止する。

「そんなに泣くな、」
「だっ…て、ぇ……ふ……いい、の?私で……」
「呉羽だからに決まってるだろう」
「誓います。ずっと…秀一さんだけ愛します」

秀一さんが、私の頬を伝う涙を拭う。少しだけ困ったような顔をして、でも、口角は上がっていて。

「秀一、さんも……誓ってくれますか…?どんなときも、私だけを愛してくれると、」
「あぁ。これから先、ずっと呉羽だけを愛してやる」

秀一さんの手が、私の頬を包む。それに合わせるように私も秀一さんの頬に触れて、どちらからともなくキスをする。言うならば、誓いのキスを。
お互いに寝間着で、ウェディングベールなんてただのシーツ。まるで子どものお遊びみたいな誓い。それでも、このまま溶けて消えてもいいだなんて思えるぐらい、幸せだと思った。

「2人だけの式の場合は、何にこの想いを誓うんですかね……」
「月にでも誓うか?今日は、満月だ」
「月に誓うなんて、不誠実な気がしませんか?毎日変わるんですし」
「だからこそ、だ。例え月が毎日変わっても、気持ちは変わらない。そう思って、誓えばいい」

秀一さんが、フッ、と口角を上げて笑う。たった2人しかいないこの部屋での言葉を聞いたのは確かにお月様だけで、でも、毎日その姿が変わってもただ今目の前の人を愛すと誓うのなら少しは誠実だと言えるだろうか。

「呉羽、」

低い声で、私の名前を呼ばれる。 狂おしいぐらい、愛しい人。何度も繰り返すように触れ合う唇が、熱を帯びていく。ゆっくりと舌を絡ませられて、口内を犯して。離れれば、二人の間を銀色の糸が繋ぐ。

「触れても、いいか」
「言ったでしょう。私の身体全部、秀一さんのものですよ」

秀一さんが口角を上げて、私の身体をゆっくりと押し倒す。そのままキスをされて、私は受け入れるように腕を伸ばした。

2016.06.17
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