Marguerite

子どもがひとり


恐る恐る目を開けると、秀一さんと視線が交わる。フッ、と笑った秀一さんには、ペイント弾は打たれていなくて。ほっと息を吐くのと同時に男が私の方へ振り返って、腕を掴まれて引き寄せられる。

「そんなに、この女が死んでほしくないんですか」
「そうだ、と言ったら?」
「成る程?余程、大事にしているらしい」
「やっ……!」

男の身体が、私の身体に触れる。熱を持った身体はビクリと反応して、その姿を見たせいなのか秀一さんが顔をしかめる。見せつけるかのように触れる手が、気持ち悪い。

「呉羽に、何をした…!?」
「少し、気持よくなれる薬を飲ませただけですよ。些か薬が強力だったみたいで、すぐにでも抱くことは可能そうですが」
「やだっ…!や、!」
「残念ながら、ペイント弾に少しだけ細工をしていたのですが……上手く動いてくれなかったようですね」

こちらの薬は、効き過ぎるぐらいに効いてくれましたけど。そう言って私の身体に触れる男。触られたくないのに、気持ち悪いのに。嫌になるぐらいに身体が反応して。身じろいで抵抗しても力でなんか敵わなくて、頬に涙が伝う。ふいに秀一さんが舌打ちをする音が聞こえて、同時に部屋にノック音が響く。その音は少しだけ開かれた扉からで、念のためのノックなのだろうか。

「……何だ、」
「はっ……その、子どもが一人紛れ込んでまして…」
「その子どもは、今どこだ?」
「今ここにおりますが……」
「……入れ」

子ども、と聞いて、嫌な予感がした。秀一さんを見ればそれは秀一さんも眉根を寄せながら扉を見ていて、それだけでそこにいる子どもが誰なのか、ということはもう分かりきっていた。こんな時間にこういうところにいる子どもなんて、一人しかいない。

(コナン、君……)

秀一さんと一緒に来たのか、それともひとりで来たのか。どっちにしろ、どこで私が誘拐されたと知ったのかが気になるところだ。
ゆっくりと開かれる扉。その扉が開ききるより先に、中から一瞬だけ光が見えた。まさか。

「っ、きゃ…!」

扉の方を凝視していた男の腕の中から、秀一さんに引き寄せられてそちらの腕の中へと移る。瞬間、扉が激しい音を立てて開いて。次の瞬間には男がベッドの方へとふっ飛ばされていた。ひとつの、サッカーボールによって。

「何も、されてないな……?」
「大丈夫、です……。ちょっと、触られたぐらいで…」
「あぁ……良かった、」
「っ……!」

フッ、と少しだけ秀一さんが笑って、私の抱きしめる。一瞬ビクリと私の肩が揺れて、けれども秀一さんは気にすることもなくそのまま動かない。確かにいることを確認するように、私を強く抱きしめる。
ガタン、と音がして、そちらを見れば扉を開けたコナン君で。やっぱりコナン君が変声機を使って部下の声を出して、油断したところをサッカーボールでふっ飛ばしたらしい。

「大丈夫か?」
「薬は、飲まされたけど…。多分、大丈夫だと思う、」
「薬?それって変な薬とかじゃ…!」
「ただの、興奮剤だ」
「きゃっ、!」

秀一さんが、私の身体を抱え上げる。コナン君が不思議そうになんでそんなものを、というけれどその言葉に純粋だなぁ、なんて思いながら秀一さんに抱きつく。確かに興奮剤ではあるけれど、多分そういうことじゃなくて。秀一さんも私の思っていることに気付いたのか、視線が合うと人差し指を立てて口元に運び、口角を上げる。

「呉羽の薬の方は、俺がなんとかするさ」
「ありがとう。こっちは一応警察に通報もしたから大丈夫だと思うよ」
「そうか。悪いな、俺のことなのに付きあわせて」
「大丈夫だよ。それに、最初に見たの有希子おばさんだったし」
「え、有希子さん!?」

コナン君の言葉に、私が驚いて声を上げる。有希子さんに会ったわけじゃないけれど、見られていたのだろうか。空港で拉致されたときにかもしれない、と首を傾げていると、コナン君が苦笑いを浮かべた。

「詳しい話は、後でいいだろう」
「え、この後どうするんです…?秀一さん、顔が沖矢さんじゃないですけど…」
「とりあえず、呉羽の家に行く。すまないが、後でボウヤか呉羽が道具一式持ってきてくれないか」
「あ、僕行くよ!昼からでいい?」
「あぁ、助かる」

確かに今から帰ったとしても寝て起きたら昼過ぎとかになってしまうだろうか。詳しい内容は明日聞くとして、コナン君はどこに帰るのか。まさか今から毛利探偵事務所に帰るとしたら時間的に問題じゃないか、と尋ねれば新一兄ちゃんの家に泊まるから、とのこと。随分と用意周到だ。

「ここも新一兄ちゃん通して連絡してるから、早く帰った方がいいよ」
「そうだな…」
「じゃあ僕、スケボーで帰るから!」
「えっ、コナン君!?」

この時間に小学生がウロウロしてたら駄目だろうに。そう思って引きとめようとしたけれど、秀一さんに抱え上げられている私が止めるよりもコナン君が走り出す方が断然早い。あっという間にコナン君は部屋から出て、外から聞こえる足音もやがて小さくなった。

「だ、大丈夫ですかね…?」
「スケボーだから、大丈夫だろう。それより、呉羽の身体は大丈夫か?」
「はい…。多分、薬も落ち着いたのかと……」
「……そうだと、いいんだがな、」

ジッと私の顔を見る秀一さんに、首を傾げる。とりあえず車に戻るか、と言われて、素直に頷いておく。何か、気になることでもあったのだろうか。

「あの、歩けますよ……?」
「このままでいい、」

軽く触れるだけのキスをして、秀一さんが歩き始める。赤ちゃんを抱っこするような抱き方だけれど、いいのだろうか。多分この感じだと何を言っても聞かないような気がするけれど。そう思って、とりあえず甘えるように秀一さんにしがみついた。

2016.10.12
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