物音で、意識が戻った。聞き慣れない音に何だったのか、と思うのと同時にその音の原因が視界に入って飛び起きる。
「秀一さんっ…!」
ひゅ、と呼吸が擦れる音が耳に響く。隣で口元を押さえて苦しげに息を吐く秀一さんを心音を聴かせるようにぎゅっと抱きしめて、背中を擦る。いつから、こんな状態だったのだろうか。
「大丈夫です。落ち着いて、息を吐いて…」
確か、紙袋とか使うのはダメだったはず。背中を擦りながら、ただ秀一さんに話しかける。どうしてこうなったかの原因はわからないけれど、秀一さんの仕事が仕事だ。何かの拍子にこういうことが起きても不思議じゃない。
「無理に止めようと思わなくていいです。ゆっくり、吸って、吐いて、」
今まで隠していただけで、ずっとひとりで耐えてきていたのだろうか。人の命を奪わざるを得ないことだってあれば、人に恨まれることだってある。どれだけ、ツラい職業なのだろうか。
(あぁ、そっか)
全てひとりで背負おうとする人だから、どこかのバランスが少しでも崩れたらこうなってしまうのだろうか。
暫く秀一さんの背中を擦り続けて、どれぐらいが経っただろうか。徐々にだけれど呼吸は落ち着いて、ようやく普通の呼吸に戻ったとき。秀一さんが大きく息を吐いて私に寄りかかった。
「秀一さん?」
「呉羽…」
絞りだすような、小さな声。縋るように私に抱きついて、何も言わずにいるその背中を叩く。大きな子どものように甘える姿に、少しだけ頬を緩めながら。
「少し……このままでも、いいか」
「秀一さんの気が済むまで、いいですよ」
「あぁ、」
ぎゅ、と秀一さんから抱きつかれて、私も同じように返す。あまり見ることがない秀一さんの姿に嬉しく思う反面、やっぱり気になるのはさっきのことだ。多分、初めてじゃない。
暫くの間秀一さんの背中を叩いたり頭を撫でたりしながら抱きつかれていて、満足したのか抱きつかれる腕の力が緩む。
「…呉羽、」
「はい?」
私の名前を呼んだ秀一さんが、ジッ、と私を見たまま動きが止まる。下から見上げられる姿は新鮮な反面、ずっと見られているということにどうしていいのか分からずに秀一さんの肩に手を置いて首を傾げる。
「あ、の……?」
「呉羽から、触れてくれないか」
「えっ……」
秀一さんの言葉を、頭のなかで復唱する。触れて、くれないかと。それは決して頭を撫でるとかそういうことじゃなくて、キスとかそういうことなのだろう。ジッ、と私を見たまま微動だにしない秀一さんを見て、私の頬に熱が集まる。私からキスをすることなんて今まで数えるぐらいしかなくて、それも私がお酒を飲んでいたりして勢いですることが多かった。勿論、秀一さんから甘えられるということも少なかったわけで。
「頬、とかじゃ……ダメ、ですか…?」
「できれば、口がいいんだが」
「ですよね……」
少しだけ期待して聞いてみたけれど、秀一さんから出た答えはノー。覚悟を決めるしかないか、と思い秀一さんの頬に触れる。普段はされることの方が圧倒的に多くて、自分からするのはお酒が入ったときぐらいだろうか。このままじっとしていてもどうにもならない。意を決して、秀一さんにキスをする。軽く触れるだけの、キス。
「……しました、けど」
「呉羽、」
「んっ、」
私を見上げる秀一さんの顔が近づいて、今度は秀一さんからキスをされる。私がするみたいにすぐに離れなくて、触れた唇は角度を変えて何度も繰り返された後にようやく離れた。
「傍に、いてくれ」
「私でよければ、いくらでも」
「呉羽がいいんだ」
ぎゅ、っと秀一さんに抱きつかれたまま、横になる。甘えるように私の胸元に抱きついて背中に腕を回す姿が、少しだけ可愛く思えた。私が秀一さんの頭を撫でれば、腕の中で彼が口角を上げる。
「苦しくなる前に、吐き出してください。私なら、いくらでも秀一さんの傍にいますから」
「……あぁ、」
暫く秀一さんの頭を撫で続けていると規則正しい呼吸が聞こえてきて、眠りに落ちたのだとほっと息を吐く。今日はもう大丈夫だろうけれど、彼が沖矢さんになった後のことが心配だ。
(それまでには、どうにかしなきゃな…)
過呼吸で死ぬことはない、なんて言うけれど、本当に可能性がゼロなのか、と問われればノーだ。何らかの疾患があれば二次的に過呼吸が起きて元の疾患が増悪される可能性だってある。
まだ秀一さんの過呼吸が続くようなら、本気で対処を考えないといけないな。そんなことを思いながら、私も意識を手放した。
2016.09.04
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