ピピピッ、と電子音がして、体温計を取り出す。小さな画面には38.3と表示されていた。
「……よし、見なかったことにしよう」
小さく呟いて、体温計を専用のケースに戻す。もうすぐ秀一さんが帰ってくるし、まだ夕飯を作っていない。というか、この熱で作って菌とかは大丈夫なのか。
(いやでも作らなかったら聞かれる、よね……?)
念入りに手を洗って作れば問題ないかな。そう思って、キッチンに立つ。さて何を作ろうか、と、冷蔵庫を開けるのとほぼ同時に、玄関が開く音。思ったより随分と早く帰ってきたらしい。
「お帰りなさい。すみません、夕飯今から作るんでお風呂先に入ってもらっていいですか?」
「あぁ。悪いな、急に早くなって」
「休める時に休みましょう?」
ただでさえ、普段忙しいんですから。そう言って笑みを浮かべれば、秀一さんがくしゃりと私の頭を撫でる。急いで作って、火傷するなよ。そんなことを言いながら頭を撫でて、秀一さんが私から離れる。熱があることがバレなかったことに安堵して小さく息を吐き、夕飯作りに取り掛かった。
+ + +
「……呉羽、」
「はい?」
秀一さんに声をかけられて、洗い物をしていた手を止める。じっ、と私を見る姿に首を傾げれば、秀一さんが私の頬に触れた。
「あ、の……?」
「体温、高いな」
「え?そう、ですか…?」
「あぁ。咳は?」
「ないですけど……きゃっ、」
水を止められて、抱え上げられる。温いな、なんて小さく呟きながらそのまま歩き始めて、どこに行くんですか、と尋ねれば寝室に行くつもりらしい。身じろいで抵抗するも敵わなくて、結局大人しく寝室に連れて行かれる。
「熱は計ってないのか?」
「ん……」
「確か、この部屋にもあったな」
「こっち、」
ベッドに降ろされながら、尋ねられる。さっき体温計を使ったとき、リビングに置いてある分を使っておいてよかったと心底思った。 ベッドサイドにある棚の引き出しを開けて、大人しく体温を計る。秀一さんが私の頭を撫でて、安心させるように口角を上げた。
「38.4、ですね」
「何で普通に起きてるんだ」
「さぁ……」
もう寝てろ、とくしゃくしゃと頭を撫でられる。まだご飯も何も食べていないし、薬も飲んでいない。それでもいいのか、と思いつつ、秀一さんの手に触れる。
「どうした?」
「薬、とか……飲んでないんですけど、」
「……そうか。普通に食べれるか?」
「ん……。ちょっと、こってりしたものはツラいですけど、」
じゃあ持ってくるから、大人しくしてろ。そう言いながら、秀一さんが私の頭を撫でる。そして、その手はアッサリと離れて寝室を出ていく。その背中を見送って、小さく息を吐いた。
(こういうとき、人恋しくなるなぁ……)
離れていくのが、少しだけ寂しい。隣にいて欲しい、なんて思う反面、風邪が秀一さんに伝染ってしまってもいけない。そう思いながら、ベッドの横に座っているうさぎのぬいぐるみをたぐり寄せて抱きしめる。お祭りで、秀一さんか射的をして取ってくれたうさぎ。ひとりで寝るときにこのうさぎを抱きしめるのは、何度目だろうか。
特にすることもなくぼんやりとして秀一さんを待っていると、どれぐらいの時間が経ってからだろうか。それなりの時間が経って、秀一さんがお椀の乗ったトレイを持って戻ってきた。
「身体、起こせるか?」
「ん……」
のそのそと身体を動かして、起き上がる。秀一さんがベッドに腰掛けて、お椀の中身が見えた。それはどうやらお粥みたいで、作ってきたらしい。
「料理、出来たんですね……」
「携帯で調べた。味の保証は無いぞ」
「ふふっ、有難うございます」
「身体、きついだろう。寄りかかってていい」
「ん、」
頭をくしゃくしゃと撫でられて、私は甘えるように秀一さんに寄り掛かる。猫舌か、と問われて違いますよ、と言えば口元にレンゲでお粥が運ばれる。
「あ、の…自分で、食べますよ……?」
「とか言って、食器を落とされても困る」
「さすがにそれはないと思いますけど……ん、」
秀一さんはあまり私に自分で食べさせるつもりはないのだろう。諦めて秀一さんに食べさせてもらうように口を開いて食べる。少し味が薄いような気もするけれど、美味しい。
「食欲はあるのか?」
「それなり、ですかね…。美味しいです」
「食べられるだけでいい、」
「ん……」
口元にお粥を運ばれてるのを受け入れるように口を開いて、お粥を食べる。何度かそれを繰り返して、あまり量が多くなかったソレは全部食べることが出来た。
「あとは薬、だな」
「ん、有難うございます…」
トレイに一緒に乗せられていた薬と水を受け取って、書かれている数だけの錠剤を口に含んで水で流し込む。それを確認した秀一さんは、甘やかすように私の額にキスをした。
「添い寝は、いるか?」
「風邪、伝染っちゃいますよ」
「そんなことよりも、聞きたいのは呉羽がされたいかどうかだ」
「……されたい、です」
秀一さんの袖を掴んで、小さく応える。ベッドサイドに秀一さんがトレイを置いて、私を抱き寄せた。そのままベッドに転がって、私の隣にいたうさぎがベッドから落ちる。
「うさぎ落ちた……」
「後で元の場所に戻してやるから、寝てろ」
「んー……」
秀一さんが私のことを引き寄せて、抱きしめられる。布越しに伝わる体温が心地よくて、すぐにうつらうつらと眠気が私を襲う。頭を撫でられる感覚がそれをさらに増幅させて、私の意識は今にでも落ちそうだ。
「秀一、さん……」
「どうした?」
「すき……」
「っ……」
一瞬、秀一さんが息を飲んで。何かを私の耳元で囁いたけれど、それを理解するよりも先に私の意識は落ちた。
2016.08.06
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