1月の下旬ごろから街中ではバレンタイン向けに商品が陳列され始めていた。いよいよバレンタインも近づいていた頃、今年は何を作るかと陳列されたチョコレートを見ながら頭を抱えていた。
(秀一さんあんまり甘いもの得意じゃなさそうだしなぁ……)
既製品を渡すよりかは自分で作って甘さを控えめにした方がいいのは重々承知だ。多分私があげたら食べてはくれるんだろうけれど、私もどうせなら作ったものを食べてほしい。けれど最近は市販のものでも甘さが控えめだったりパッケージが可愛いものや凝ったものが多くていいな、なんて思う気持ちもあるわけで。
「そんなに悩んで誰にあげるつもりなんだ?」
「んー…、秀一さんの作るか買うかどうしようかなぁって」
「秀兄に?」
あ、しまった。と思うも後の祭り。誤魔化すように最終的には自分で食べちゃうんだけどね、と苦笑いをしながら隣にいた真純に言えば真純も少し苦笑いをしながら相変わらず一途だね、と言葉を漏らす。
「てっきり、あの大学院生にあげるのかと悩んでるのかと思ったよ」
「大学院生って……沖矢さんのこと?」
「あの人が呉羽に好意があるのは分かってるけど、何だかんだ呉羽も満更じゃなさそうだし」
「好意を寄せられることに悪い気はしないからねぇ…。大丈夫だよ、私は秀一さん一筋だから」
沖矢さんの中身が赤井さんだからついつい私も触れられることを許してしまいがちなのだけれど一応は知り合いぐらいの立場だ。外でも容赦ない沖矢さんのせいで沖矢さんが私に好意を寄せている、という状態にはなってしまっているのだけれど。
「お世話になってるっていう意味では渡すけど義理だよ?」
「それならいいけど、」
少しだけ拗ねたように唇を尖らせる真純は、やっぱりあまり面白くはないのだろうか。あまり沖矢さんのことを気に入ってはないみたいだからそのせいもあるのだろう。怪しい、と思っているみたいだけれど。
(まぁ、ある意味ではそれが正解なんだけど……)
全く存在しない人間を演じる、という点で考えれば怪しいところがあっても不思議ではないだろう。その怪しい人間が自身の兄だとは想像もしていないだろうけれどいざそれを知ったとき真純がどんな反応をしてくれるのかが気になるところだ。私が事実を知っていたことに拗ねないでくれるといいのだけどどうだろうか。
「なぁ、僕にはないのか?チョコ、」
「真純にっていうよりは真純とメアリーさんにかなぁ。ケーキか何か焼くよ」
「じゃあ期待して待ってるからな」
「お返しも期待してる」
お返しってホワイトデーでいいのか?別にバレンタインでもどっちでもいいよ。じゃあホワイトデーかな。そんな会話をして、ひとつのチョコを手に取って会計をする。沖矢さんには義理と言ったので義理ということで可愛いのをひとつ。日曜日に渡すかそれとも当日に渡すかはまた改めて考えるとしよう。
+ + +
「おや、良いんですか?」
「いらないなら自分で食べますけど」
「いえ、嬉しいですよ。好きな人から貰えるとまた格別でしょう?」
「知りません」
沖矢さんがいつもに増してグイグイ私に来るのは楽しんでいるからなのだろうか。買ったものにして正解だったな、と思いつつ正直なところバレンタインを持ってきた歩美ちゃんがいるからやめてほしい。絶対勘違いするからコレ。
「沖矢さんは、呉羽お姉さんが好きなの?」
「そうですよ。呉羽には恋人がいるから中々振り向いてもらえないんですけど…」
「えっ、呉羽お姉さん恋人いるの!?」
あっ、帰りたい。さすが女の子、と言うべきだろうか。キラキラとした瞳で私を見る歩美ちゃんは恋バナをしたいという女の子の目だ。どうしてくれるんだこの元凶め、と沖矢さんを見るも沖矢さんは楽しげに笑みを浮かべるだけだった。
「一応ねー…。うん、この話は止めよ…?」
「えー!歩美、呉羽お姉さんの恋人がどんな人か気になる!」
「うーん…。私の恋人ね、国を守るためにいろんな潜入をしてる人なの。あんまり人に言えないことも多いから、歩美ちゃんが絶対誰にも言わないって約束してくれるなら今度二人でいっぱい話そう?」
「うんっ!歩美約束する!だからいっぱい教えて!」
「ふふっ、そうだね。でも今日はお預け。博士のところに光彦君と元太君が待ってるから、この次ゆっくりお話ししよう?」
「うん!絶対だよ!」
またね、と手を振って工藤邸を出ていく歩美ちゃんを見送って息を吐く。この元凶、どうしてくれようか。
「随分とうまいことかわしましたね」
「もう知らない。帰ります」
「俺に、チョコはないのか」
後ろから抱き寄せられて、耳元で秀一さんの声で囁かれる。いっそのこと振りほどいてしまえばいいのだけれど、顔は沖矢さんだと分かっていても声が秀一さんだと私の胸は高鳴ってしまう。甘ったるい声で名前を呼ばれて、自身の頬に熱が集まるのが分かる。
「顔が沖矢さんの人には、あげません」
「声だけじゃ満足してくれないのか」
「期待、しますよ」
後ろからお腹に回されている沖矢さんの手をぎゅっと握る。大学院生らしくないゴツゴツとした手は確かに秀一さんのもので、軽く沖矢さんに寄り掛かるように甘えれば彼はフッ、と頭上で笑った。刹那、変装を解く独特な音がして顔を上げれば秀一さんと視線が交わる。
「ふふっ、秀一さんだ」
「こっちの方がいいんだろう?」
「ん、」
身体の向きを反転させて、思いっきり秀一さんに抱き着く。沖矢さんになっても変装を解いたりするタイミングで秀一さんに会ったりしているけれど、前みたいに毎日のように会ってたわけじゃない。前が会いすぎだったっていう、自覚はあるのだけれど。
「秀一さんがいる…」
「沖矢としてなら、わりと近くにいると思うんだがな…」
「秀一さんがいいの」
ちゅ、と微かなリップ音をさせながら秀一さんの頬にキスをする。他の誰でもない、秀一さんがいい。自分からキスをすることなんて少なくて、恥ずかしさからもう一度秀一さんに抱き着けば秀一さんにぎゅっと抱きしめられて彼の服を掴む。
「チョコには、媚薬に似た成分があるらしいな」
「……やだ」
「まだ何も言ってないんだが」
「秀一さんのえっち」
「仕方ないだろう、呉羽がいるんだ」
「素直に喜べない……きゃっ、」
ふわり、と私の身体が浮いて抱き上げられる。赤ちゃんを抱っこするように私を抱え上げて頬に触れるだけのキスをされ、熱っぽい声色で私の名前を呼んだ。私がその表情と声に弱いと分かっている上でそういうことをしてくる秀一さんは本当にずるいと思う。
「チョコなら、鞄の中ですよ」
ぎゅっと秀一さんに抱き着いて、耳元で呟く。結局去年と似たようなことになるのか、と思うけれどこの際気にしないようにしておこう。満足気に返事をした秀一さんを見ながらつくづく秀一さんに甘いな私、と息を吐いた。
2017.2.14
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