Marguerite

細く笑んだのは誰だ

*2017年バレンタイン
*同期の女性視点

「秀一さんの作るか買うかどうしようかなぁって」

バレンタイン、ということで女の子たちが楽しげにチョコを見ている中私の耳に届いたどこか寂しげな声。その女の子を見た瞬間、あぁ呉羽ちゃんだ、と会って話したことがあるわけでもないけれど気付いてしまった。まぁ、写真では見たことがあったからそれ故なのだけれど。

(赤井は今でも想われてるんだな……)

来葉峠で死んだ、私の同期。殺しても死にそうにないと思っていたし、何よりアイツが呉羽ちゃんといるときは心底幸せそうだと思った。勿論、赤井だけじゃなくて呉羽ちゃんも。二人を見て恋がしたいだなんて柄にもないことを思ったりしたからだろうか。あんなに可愛い彼女に悲しげな顔をさせるなよ、とこの世にはいない赤井に悪態をついてしまうのは。

「てっきり、あの大学院生にあげるのかと悩んでるのかと思ったよ」

呉羽ちゃんの隣にいた少しボーイッシュな女子高生が尋ねるように言った。その言葉に、首を傾げる。沖矢、昴。チョコを見るフリをして彼女らの会話に耳を澄ませれば、呉羽ちゃんが好きだという大学院生とのこと。呉羽ちゃんは年上キラーなのか。

(ちょっと調べてみるか……)

これが変な男だったなら天国にいるのかそれとも地獄にいるかは知らないけれど赤井も成仏出来ないだろう。アイツのことだから呉羽ちゃんを連れて行かない辺りには褒めたいものがあるのだけれども。にしても実際赤井以上の男となるとなかなか難しいのではないだろうか。もし赤井以上の男だったならば赤井にはそっとタバコでも供えてやろう。

 + + +

「沖矢昴さん、ですよね?」
「そうですが…、貴方は?」
「仕事で日本に来ている者です。怪しい人じゃないですよ」

成程見た目は悪くない。営業用の笑顔を張り付けてFBIである証明を見せながら思う。服の上からだと分かりにくいけれど身体も悪くは無い。優男っぽい見た目とは裏腹に筋肉はしっかりしているらしい。趣味で鍛えているのか、それともまた別の何かか。

「少し、呉羽ちゃんのことで貴方とお話がしたいと思ったので伺いました」
「呉羽のこと、ですか」
「恋敵になるかもしれない人に会っておきたいと思うのは、当然でしょう?」
「……中で、話しましょうか」

どうやら勘は悪くないらしい。私を家の中へと通して、沖矢という男は私にお茶を淹れる。慣れた手つきで淹れるその動作は、今までにも何度かしたことがあるということだろう。恐らくは変な薬とかも含まれてはいないだろうから出されたお茶を私は遠慮なく口に運ぶ。

「それで、恋敵と言うのは?」
「そのままですよ?元々彼女のことはを人通して知っていたし、見かけたことがあったけれど悪いコじゃなさそうだった。会って話して恋に落ちるのには十分でしょう?」
「見たところ、貴方は女性に見えますが」
「恋愛に男も女も関係ないでしょう?」

外国では国によっては籍を入れることも可能だし最近ではテレビに出るような人でもカミングアウトしている人が増えてきた。勿論国にもよってその考え方は様々だけれどある意味ではそれだけ世界が同性愛に寛容的になってきつつあるということはないだろうか。
それよりも、だ。

「沖矢さん、煙草って吸われます?」
「嗜む程度に、ですけど」
「ちょっと失礼します」

沖矢昴という人間を調べ始めたときから気になっていたこと。私の調べた情報だと沖矢昴は呉羽ちゃんの兄の知り合いという形にはなっていたけれど、そんなに都合よく赤井秀一という人間と入れ替わるように現れるものだろうか。偶然ということもあり得るから絶対と言う確証は無かったけれども沖矢昴の顔を見た瞬間からどこか引っかかっていた。
テーブルを挟んで向かいに座っていた沖矢昴に抱き着いて、首元を見るのと同時に彼の体臭が鼻先を掠める。嗜む程度、と言ったけれどどう考えてもこれは嗜む程度ではないし何よりこの体臭。

「何を、っ、!」
「さすがに匂いまでは誤魔化せないよねぇ…」
「どういうつもりだ」

おっと思ったよりアッサリ認めてしまった。その顔にその声合わないなー、なんて思いつつ首元から奪い取った機械を見る。首に付けたら声が変わるのだとしたらまた斬新なアイディアだ。声を発するときのわずかな振動を感知して声を変えるというのだろうか。
目の前の男の真向かいに座りなおしてにんまりと口角を上げて赤井を見た。

「いやぁ、呉羽ちゃんに言い寄る男がいると小耳にはさんだものでねぇ。変な男だったら赤井も成仏出来ないだろうと親切心で調べてやったら蓋を開けてビックリよ」
「何で分かった?」
「最初は普通に調べてたんだけど赤井と沖矢昴が入れ違うように呉羽ちゃんの近くにいるって分かったときに私の中で何かが引っかかった。呉羽ちゃんに露骨に想いを出していることが2つ目」
「偶然とは考えなかったのか」
「赤井のことだから皆に黙ってるだけで生きてました、なんてこともありそうだと思ったしね。何より赤井の遺体を見た人はいない」

そもそも来葉峠での死体は燃えたから判別が付きにくい。辛うじて残った右手の指紋と携帯から出た指紋が一致したから赤井が死んだと判断された。その目で確認したわけじゃない。歯型等で照らし合わせたわけじゃない。指紋なんてそれこそ一致した人物がそもそも違えば偽装だって出来るわけで、むしろ赤井ならやりかねない。

「何年同期やってると思ってるのよ」
「誰にも言うなよ」
「言わないわよー。こんな面白いこと。知ってるのはボスぐらい?」
「あぁ、あと呉羽」
「わぁお」

心底面倒くさい、と隠そうともせずに顔に出して目の前の男が息を吐く。何だ呉羽ちゃん知ってるのか。そりゃあちょっとポアロだかどこかの店員さんに興味を持たれているのをスルーしてしまうわけだ。女子高生ならあの手の顔は好きな人が多いだろう。知らないけど。

「にしても何、整形でもしたわけ?」
「するわけないだろう。知り合いに協力してもらって変装しているんだ」
「へぇー。怪盗キッドみたい。あ、怪盗すばるんとかどうよ」
「やめろ」

この男なら完全犯罪までやってしまいそうで怖いところだけれどどうだろうか。ある意味今の状態が犯罪な気もするけど。
私の手から赤井は変声機を奪い取って首に付ける。首元を隠すような服装も変声機を隠す為らしい。そんな機械を作れる発明家がいるのならカメレオンバンテージの仕組みを応用すれば隠せそうだけれどそこまで口を挟む義理も無いだろう。

「で?最低限のFBIの仕事をしつつ命の危機が無くなったから呉羽ちゃんとイチャコラしてると」
「表向きは俺の片思いだ」
「うわぁ赤井の口から片思いとか10年ぐらい前だったら考えられない…」

アメリカに来た頃は特定の恋人を作らなかったし落ち着いてきた頃にはジョディがいたから他の女に手を出すことも無かった筈。多分。隠れて手を出してたら知らないけれどジョディと別れたのは潜入の為に組織の人間に手を出すためで、その女が死んでからは他の人と付き合うこともなく呉羽ちゃんを捕まえているのだろう。未成年に手を出すなよロリコン、と思わなくもないけれど。

「あ、そうだ。コレあげるわ」
「…?何だ、」
「早いけどバレンタイン。お返しは口止め料含めて三倍でね」
「っ、オイ…!」

チョコじゃないからいいでしょー。そんなことを言っておもむろにキチンと包装されたバーボンを机の上に置いて立ち上がる。私はあまり酒を飲む方じゃないしそもそもこんなもの持ってたら重い。誰かに見られてもいいようにチョコじゃなくてバーボンを買って来てやったんだ、これぐらい許せ。
バーボンの3倍と言ったら何が来るだろうか。結局携帯のフォルダに保存されている画像を使うことはなかったな、なんて思いつつ顔を会わせたこともない工藤さんの家を出た。

2017.2.17
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