その人を見た瞬間、時が止まったのかと思った。この世界で一番愛しいと思う人に良く似た姿で、けれどもその人よりずっと幼い顔。どうしていいか分からない私を見かねてなのか、目の前に立つ青年はニコリと愛想のいい笑みを浮かべた。
+ + +
ダイニングにいた秀一さんに訪ねて来た彼を会わせれば彼の顔を見た瞬間に眉根を寄せた。とりあえず少年の目的は秀一さんらしいから座るように促して私はコーヒーでも淹れようかとキッチンに立つ。
「…君は、」
「すみません、いきなり訪ねて来て…」
聞こえる会話に耳をすませながら小さく息を吐く。10代前半から半ばぐらい、だろうか。もしあの青年がそのぐらいの年齢ならば年齢的には秀一さんの子ども、ということだって可能性としてはある。私より少し背が高いその少年が大人びて見えるのはもし本当に秀一さんが父親ならば母親一人で育てられたからなのか。
「名前は」
「答えられません」
「……君の、年齢を聞いてもいいか」
「14です」
あぁ、やっぱりそのぐらいか、と青年の言葉を聞いて思う。青年というか少年というか微妙なところだけれど見た目のイメージとしては青年だから青年でいいかと一人で自問自答をしてみた。彼が本当に秀一さんの子どもなら、20歳の頃の子か。
二人にコーヒーを淹れて、秀一さんに席外そうか、と尋ねれば秀一さんが青年の方を見る。彼はニコリと人懐っこい笑みを浮かべてどちらでも構いませんよ、と言ってそれを聞いた秀一さんが小声で頼むからいてくれ、と言われて大人しく隣の椅子に座る。秀一さんも、どこか不安なのだろうか。
「わざわざ俺を訪ねてきた、ということは…、そういうこと、でいいんだな?」
「そうですね…。まさか、ここまで似てるとは思いませんでしたが」
秀一さんが頭を掻きながら息を吐く。当時の女性を思い浮かべているのか、それとも自身を殴りたい衝動に駆られているのか。重苦しい空気を悟ったのか目の前の青年は申し訳なさそうに笑みを浮かべて小さく謝罪を述べた。
「別に母親が死んだからどうにかそういうのじゃないんです。母親は健在ですし、普通に父親もいます。ただ、ふと自分がどんな人から産まれてきたのかが気になった。それだけなんで、」
「いや……。親が生きていると知ったなら知りたいと思うのは当然だろう」
「そう、なんですかね」
「……母親は、今日ここに来ることを知っているのか、」
「いいえ。僕がひとりで動いたことですから、何も」
苦労したんですよ、調べるの。そう困ったように笑う彼の言葉に、首を傾げる。名前を知っていたとしても、一応秀一さんの仕事の関係上他にも家はある。調べて該当する家を片っ端から調べたのか、それともたまたまか。秀一さんの子どもだというのなら勘の良さはあるだろうしたまたまでも納得は出来そうだけれど。
「どうやってここを調べたのか、聞いても?」
「日本の探偵に頼みました。知ってますか?工藤新一って」
何勝手に人の家教えてるんだ工藤君、と若干思ったけれども言える雰囲気ではないので気持ちを吐き出すように息を吐く。守秘義務とかそういうのもいろいろあるだろうから工藤君も私や秀一さんに言えなかったのかもしれないけれど一言欲しかったのは言うまでもない。
「日本の探偵も優秀だな、」
「貴方の名前を聞いて、日本人だと思ったというのもあるんですけどね」
「一応父親が日本人だ。日本に住んでいたこともあるがな、」
「まさか、アメリカにいるとは思いませんでしたよ」
わざわざ日本にまで出向いて依頼したんですけどね、と言う彼。どうやら日本には住んでいないらしいその口ぶりにどこに住んでいるのか聞こうとも思ったけれどもどうにも口を挟む気にはなれずに唇を閉ざす。
(私の前に恋人だっていたことはあるし、その前があっても不思議じゃないと思ってはいたけど……)
さすがにこれは想像してなかったなぁ、なんてどこか他人事のように思う。秀一さん自身だって知らなかったわけだし本人もあまり実感は無いのかもしれない。この世に、自身の遺伝子を持った子どもがいただなんて。14歳、ということは彼がお腹の中に入った頃はそれこそ大学生ぐらいで、工藤君と秀一さんが初めて会ったときのあの姿を知っているからまぁ多少なり遊んでても不思議じゃないだろうか。今度メアリーさんにアルバムでも見せてもらうことにしよう。
「すみません、自分という存在がどこから来たのか調べたかっただけであまり家庭を壊すような真似はしたくなかったんですが…」
少し困ったように笑う目の前の彼の姿は秀一さんによく似ていて、何とも言えずに私は曖昧に笑みを浮かべる。もしも私と秀一さんの間に子どもが出来てそれが男の子だったならば、こんな感じに育ってくれるのだろうか。
「……1つ、聞いてもいいか」
「どうぞ」
「君の母親は、俺のことを何と?」
「さぁ。でも、結婚してますし僕自身父親との仲は良好とは言えなくてもまぁそれなりにやってるんで大丈夫かと」
「そうか……。君は今、幸せか?」
「質問はひとつ、ですよ」
少し悪戯っぽく笑う彼に、秀一さんが困ったように息を吐いた。秀一さん自身も突然自分の遺伝子を持った子どもがいるだなんて知って戸惑っているのだろうか。私としては秀一さんが知っていてその事実を私に隠していたわけではないしその女の人も秀一さんには伝えずこっそり産んだのだとしたら秀一さんに非はないのではないだろうかと思うけれど。
「……幸せですよ。もし不幸だったら、貴方のせいだと責任転嫁してました」
「それは怖いな」
「良かったですね、逆恨みされなくて。っと、あまり時間がないんでそろそろお暇します」
これ以上あまり貴方の家庭を壊したくありませんから、と彼が申し訳なさそうに言う。私としてはあまり気にしてはいないけれど全く複雑じゃないと言えば嘘になるので彼の厚意に甘えることにしよう。
コーヒー御馳走様でした、と礼儀正しく言って彼が玄関に向かうのを見て私もその後を追うように玄関に向かう。秀一さんが少し遅れてやってきたのは、まだ少し複雑だからだろうか。
「すみません、突然お邪魔してしまって」
「家は遠いのか、」
「それなりに、ですかね。あぁ、そうだ」
忘れるところだった。そう言いながら目の前の彼は私の腕を掴んで抱き寄せる。随分と近い位置にある顔にドキリとしつつ彼の身体を押すけれども意外にも鍛えられているのか私の力で目の前の彼が動くことは無かった。
「10年後にまた会いましょう。――母さん」
ぐっ、と今度は秀一さんに引き寄せられて、腕の中に閉じ込められる。秀一さんは不機嫌そうにどういうつもりだ、と彼を見たけれど、私は秀一さんの腕の中で彼の言葉を復唱する。なるほど、そういうことか。この世界で私自身の存在がアレなだけにこういうことがあっても不思議じゃないとすんなり受け止められるのはある意味で得だったかもしれない。秀一さんの腕の中から彼を見れば、彼は愛想のいい笑みを浮かべてお邪魔しました、なんて何もなかったかのように家を後にする。
「何だったんだ一体…」
「うーん…悪い人ではない、みたい…?」
さっき彼は14歳だと言っていたからあの姿を見るのは24年後ということだ。随分先の未来だなぁ、なんて思いながら頬の緩みを隠すように秀一さんに抱き着いた。
2017.03.13
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