Marguerite

捕まえて、逃げられて

 
米花町にある、とあるシティホテル。そこの801号室に、私はいた。ここは10億円強奪事件の犯人でもある大男、"広田明"が宿泊している場所でもある。
本当は一番最初の被害者、"広田健三"と"広田雅美"が接触する前に何とかしたかったのだけれど、彼女にのらりくらりとかわされてしまっていた。声をかけようとしてもまかれ、それを繰り返しているうちに最初の被害者が出てしまった。もしかしたら、雅美さんは組織の人間とでも思っているのかもしれないが定かではない。

(あと、何時間だろう……)

最初の被害者は既に出てしまっている。コレに関しては、どうしても雅美さんを捕まえて話すことが出来なかった私のミスだ。また、広田さんが殺されてから事件の終わりまではかなりの駆け足となる。私が彼女を止めるにはもう彼女を待ちぶせするしかない。
もうすぐ時間は午後へと変わる。待ち伏せをするならばこの801号室よりもホテルのロビーの方が確実に雅美さんがホテルに現れたことがわかる。私は、ホテルのロビーで雅美さんが姿を現すのを待つべく1階へと移動した。

 + + +

ホテルのロビーで彼女を待ち続けて数時間。ホテルの扉が開いて、雅美さんが現れた。毛利探偵事務所へ依頼に向かった時とは違う、大人びた本当の姿の彼女。当然私のことなんて知ることのない彼女は私の方を見向きもせずにエレベーターに乗る。私はそれを止めるかのように、雅美さんの乗るエレベーターへと乗り込む。

「すみません……」
「っ…。いえ、何階ですか?」
「えーっと、8階です」

息を切らして、あたかも今来たかのように見せかける。いきなり飛びこんできた私に雅美さんは驚きつつも私に階数を聞いてきた。どもったりしてはいないだろうか、と少し不安を抱えながら私はなるべく自然に階数を答える。既にボタンが押されているその階数を見て、彼女は特に何も言わずにそこで会話は終了した。
エレベーターが8階へと進むにはそこまで長くはなくて、すぐに8階へと着いた。エレベーターのボタンの前に立っていた雅美さんが私を先に出るように促したので、私は雅美さんに会釈をして先に出る。あたかも初めてここに来ました、という風に辺りを見回して近くにあったこの階の案内図の方へと向う。
その横を雅美さんが通りすぎようとした。

「え……?」

私は、ここぞとばかりに彼女の腕を掴んで引き止めた。

「あ、の……?」
「…こんなこと、私が言うのって変だと思います」
「……?」

ただエレベーターで一緒になった初対面の女に腕を掴まれて、雅美さんの頭には疑問しかないだろう。けれど、今の私にそんなことは関係ない。今の私は、どうやって彼女を救うかである。

「……自首、してもらえませんか」
「何のこと…?」

雅美さんは、何か焦ったように、でもそれを隠そうとした様子で私に問う。ただの一般人であったなら、それで終わりだったのかもしれない。けれど、この事件の結末を知っている私にそれは通用しない。最悪の結末になってしまう前に、私は彼女を救いたい。

「3億円、強奪事件……貴方、何ですよね?」
「……誰かに、何か言われたの?」

眉根を寄せて、雅美さんが私に言った。誰かが裏で手を引いていると思ったらしい。けれど、今回のことは私の独断だ。むしろ赤井さんには止められた。けれど私がどうしても、と無理を承知で頼みこんだことだ。私は下を向いて首を横に振った。

「…いいえ。でも、お願いです。こんなことしたって、何も救われない…!」

雅美さんは、私の腕を振り払う。いきなりのことで思わず私も一歩下がる。その瞬間に雅美さんは802号室の扉へと向かう。彼女が扉をノックして中から大男が出てきたらそこで全てが終わる。それだけは阻止しなければと、私は無我夢中で再度彼女の腕を掴む。
その瞬間。

「むぐっ……」

ポケットに入れて隠し持っていたのだろうか。急に口と鼻を雅美さんの持っていたハンカチで押さえつけられて、私は思いっきり薬品の臭いを嗅いでしまった。吸ってはいけない、と思ったときには既に遅くて、私の意識は徐々に薄れていった。

「ごめんなさい……。どうか、彼を――・・・」

雅美さんが、最後に何かを言ったような気がしたけれど、それが私の耳に届くことはなかった。
 
2014.07.10
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