Marguerite

祈りと一時の別れ

 
コナン君と別れて家に帰ると、玄関には見覚えのある靴があった。私以外にこの家の鍵を持つ人間はただ一人、赤井さんだ。仕事の状況などもあるけれど、わりと頻繁に私の家に来ている気がするが大丈夫なのだろうか。一応この人組織に追われてる身なのではないのかと思うのは私だけではないはず。主に夕飯を食べに来ている辺り、作るのが面倒なのだろう。私もひとり分のご飯だと面倒だしそもそも食べようとしない時があるから助かってはいるけれど。
リビングに入れば、ふんわりとコーヒーの匂いがした。見れば、赤井さんはコーヒーを入れて飲んでいたらしい。仕事用だと思われるパソコンに集中しているらしく、恐らく私が帰ってきていることには気付いていないのだろう。気付いていれば、私がリビングに入ると同時に何かしらの声をかけてくる筈だ。

(驚かせてみようか……)

忍び足で赤井さんに近付いていく。私に向ける背中は、FBI捜査官だというのに随分と無防備に見える。それは、安心している、という証拠なのだろうか。
赤井さんが驚くことに期待はせずに、背後から赤井さんの耳元に顔を近付けた。

「随分と、集中してされてますね?」
「……帰っていたのか」

目の前の彼は私の声にキーボードを打つ手を止めた。けれど、まるで気付いていたかのように少しだけ私の方に顔を向けて返事をした。キーボードを打つ手を止めたので本当に気付いてはいなかったらしいがこうも反応が薄いとあまり面白くはない。
ちなみに、前に同じようなことをして赤井さんが気付いていたときはキーボードを打つ手を止めることなく『次はもう少しうまくやれ』と言われた。

「組織が、日本でも動き始めたみたいでな」
「あぁ、それで。私が知ってる出来事も、動き始めたみたいです」
「……そうか」

赤井さんには、大まかなことは話している。組織が日本で動き出すことやそれによって組織と関わることになる人物がいること、組織の手によって殺される人がいること……。それが誰なのかということは直接は言ってないけれど、勘のいい彼のことだ。とっくに誰か気付いているのだろう。私も、彼がわかっている前提で話していることが多い。
工藤君がコナン君になった今、あの事件は目の前だ。しばらくは赤井さんにも会えないだろう。どうやっても私はこの手を手放したくないと思うことに内心苦笑いをしつつ、私は赤井さんに背中から抱きつく。

「謝罪を、してもいいですか?」
「謝罪?」
「赤井さんの忠告も聞かずに好き勝手してきたことに対して、ですかね」
「何を今更」

私の考えなんて見透かしたように、赤井さんは笑う。私の腕を取り、自身の後ろにいる私を無理矢理前に移動させて膝に座らせる。そのまま私の頬を両の手で包んで視線を合わせさせるように上を向かせた。

「お前は自分の命を最優先に考えて行動しろ。
たとえ自分の命と引き換えに助かる命がある、と思えてもだ。
そして無闇矢鱈にアイツらに接触しようとするな。
何か怪しいと思ったら迷わず連絡しろ。
…できるな?」

まるで子供に言い聞かせるように、赤井さんは私から一切視線を逸らすことなく口にした。上を向かされた私は、真っ直ぐと私を見ている赤井さんの目から視線を逸らすことは出来なくて、逃げてしまいたくなるような気持ちがこみ上げてくるのを抑えながらただ無言で頷く。それを見た赤井さんは私を見て微笑み、私の額に自身の額を当てた。

「お前は、離れていくなよ」
「赤井さんが拒絶をしない限り、私は離れて行きませんよ」
「…そうだったな」

ニヤリ、と赤井さんは笑いながら私の右手を取る。その腕は私の手を広げ、そのまま、何かを誓うように私の掌へと口付けた。
 
2014.07.05
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