「私の事、知ってるんですか…?」
"大くん"のことで話がしたいと、目の前の彼女は言った。私はいわゆる"大くん"とは会ったことはないけれど、そう名乗る彼のことは知っている。
彼女に質問を投げかけるのではなくて、いっそ知らないフリをすればよかった。そう思ったけれども投げかけたものは仕方ない。私は真っ直ぐと彼女を見る。
「…内緒。知ってるっていう程でもないけど知らないわけでもないかな」
可愛らしく笑う明美さん。あまり時間はないようで、時折時間を確認している。
「あんまり、気にやまないでね?」
「え……?」
「確かに私は大くんと付き合ってはいたけれど、彼からすればあくまで仕事。ただ目的の為に付き合ってただけなのよ」
「そんなことっ……!!」
そんなこと、ない。
そう言おうとしたけれど、明美さんは私にそれ以上の言葉を言わせないようにかまるで小さな子どもにするように自身の人差し指を私に当てて黙らせた。
そんなこと、ないのに。ただの仕事での付き合い、だなんて思ってないはずだ。もしそうなら、どうして彼はあんなにも苦しむのだろうか。
「組織を抜けるなら殺されるかもしれないことなんて、分かりきってたことだもの。それに少しでも可能性があるなら私はそれに縋りたいの」
「貴方が死んだら、妹さんが悲しむじゃないですか…!」
「言ったでしょ?少しでも可能性があるなら、それに縋りたいって」
ポロポロと、私の目からは涙が溢れる。けれど、今はそれを拭うことすら煩わしくて。どうすれば、私は彼女を止められる?彼女を、生かすことが出来る?
考えても考えても、良い答えなんか見つからない。
「大くんにね、伝えてほしいの。最後に出したメール、気にしないで、って。あの言葉に、意味なんてないって」
「貴方が、貴方が生きて戻って、伝えればいい!あの人は、貴方に生きていて欲しいって思ってる!」
「……ごめんね」
ふわり、と彼女が私を包み込むように抱きしめる。震える身体で、彼女は全てを悟っていた。この先自身がどうなるのか、全てわかっているかのようだった。
明美さんの腕から開放されて彼女の顔を見れば、泣きそうな顔で笑っていた。彼女の代わり、とでもいうように私の頬は涙を伝う。
「そこから、動かないでね。動いたら私、貴方のこと嫌いになっちゃう」
その言葉は小さな子どもに待つことを言い聞かせるように穏やかで。もう、私にはどうすればいいのかわからなくて。頭の中が真っ白で。
遠くからカツカツと聞こえてくる足音を聞いて、膝から崩れ落ちる。今ここに向かってくる足音なんてただ1つ。黒い服を身にまとった、彼らだ。
「大丈夫。私が死んだら、お金の在処もわからないもの」
にっこりと笑いながら、彼女はコンテナの影から通りに出る。力が抜けてその場に座り込んだ私は、呆然と彼女の背中を見送る。
私は、何のためにここに来た?
彼女の言葉を聞くためだけに?
彼女の死を自分で見る為に?
否、彼女を生かす為だ。
「ごくろうだったな、広田雅美…」
通りから、ジンの声が聞こえてきた。それは、着々とこの事件の終わりが近づいてくることを意味していた。
『お前は自分の命を最優先に考えて行動しろ。』
『たとえ自分の命と引き換えに助かる命がある、と思えてもだ。』
『そして無闇矢鱈にアイツらに接触しようとするな。』
『何か怪しいと思ったら迷わず連絡しろ。』
『…できるな?』
事件に関わろうとしたときに赤井さんの言葉が頭を過る。けれど、今ここで彼に連絡する時間なんてものはない。それに、もし時間があって助けを求めても…彼がここに現れることによっていろんな歯車が狂い始めることになる。
(…ごめんなさい)
心の中で赤井さんには聞こえることのない謝罪をしながら、ポケットの中にある携帯を握りしめた。
2014.07.21
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