一夜限りのシンデレラ

慕ってくれるシュウ君くん可愛い

 
「Hi! Sis!」

 玄関の外に置いてある花に水やりをしていると突如声をかけられて振り向けば、そこには近所に住むシュウ君がいた。白いワイシャツに黒のベスト、胸元には紐リボンで黒の半ズボン。身なりのいい恰好をしたシュウ君は恐らくはいいところの子どもなのだろう。けれども彼は私にやたら懐いてくれていて、時折こうして遊びに来てくれる程だ。

「えへへ、遊びに来ちゃった」
「ふふっ、私も暇してたから嬉しい」
「本当? 来てよかった!」

 ぎゅう、と私に抱き着いてくるシュウ君の頭を撫でながら頬を緩める。彼がこうして私に抱き着いたりしてくれるのは、あと何年だろうか。まだ私よりも随分低い背もいつかは追い抜かれてしまってやがて疎遠になってしまうのだろうなぁなんて思うけれども今はまだこうしてじゃれ合ってくれるのがたまらなく嬉しい。
 水やりを終えて、シュウ君を家の中へと案内する。働き始めて一人暮らしをし始めたこの家は、いわば私のお城だ。けれどもこうしてシュウ君が度々家へ遊びに来てくれるのでわりとシュウ君好みのものも置かれ始めている。主にホームズとか。

「午前中にクッキー焼いたんだけど食べる?」
「いいの? お姉さんが焼いたクッキーすっごく美味しいから嬉しい!」
「そう言ってもらえると作り甲斐があるなぁ」

 飲み物は紅茶でいいかな、とシュウ君に尋ねればお姉さんが淹れてくれるものなら何でも、と元気よく答えてその可愛さに私は頬を緩める。確か、まだ十歳だっただろうか。早いコならもう今ぐらいの年には親や近所の人なんて煩わしくなるだろうにシュウ君に関してはただただ可愛いの一言である。
 シュウ君専用のカップに紅茶を淹れて、同時に自分の分を入れてトレイにカップ二つと皿に並んだクッキーを置いて持てばシュウ君はいつものようにソファーに座って笑顔のままこちらを見ていた。

「ふふっ、クッキーは逃げないよ」
「クッキーは逃げてもいいけど、お姉さんが逃げたら嫌だから見てたんだよ」
「やだもうシュウ君可愛い……」

 お姉さん鼻血出そう。机の上にトレイを置きながらそんなことを思えば、私がシュウ君の隣に腰掛けるのと同時に彼は甘えるように私の腰に抱き着いて、そのままシュウ君の唇が私の頬に触れた。脈絡もないキスに、私がシュウ君の顔を見ながらパチパチと瞬きを繰り返せば、シュウ君はにっこりと可愛らしく笑みを浮かべた。

「キスは好きな人とするんだって聞いたから、僕お姉さんのこと大好きだからキスしたよ!」
「シュウ君可愛い〜!」

 抱き着いてくるシュウ君を抱きしめ返して、ゆるゆるになった頬でシュウ君の頬と私の頬をくっ付ける。こんな可愛いコがやがては疎遠になる可能性があると考えると寂しいけれどそれが男の子というやつだろうか。
 私がシュウ君に盛大なハグをしていると、シュウ君は不満だったのか私の身体を軽く押して引き離して、顔を見れば頬を膨らませていた。そんな姿も可愛いのだけれど嫌がることはしたくはないので大人しくシュウ君を抱きしめる腕は緩めた。

「ハグは嬉しいけど、お姉さんは僕にキスしてくれないの?」
「する……私でいいの…?」
「お姉さんがいいの!」

 ぷぅ、と頬を膨らませる姿に悶絶しそうになりながら私はシュウ君の頬にキスをする。お返しと言わんばかりにシュウ君はもう一度私の頬にキスをしてくれて、私のライフはゼロである。こんな可愛いコが存在していいのだろうか。
 シュウ君はするりと私にもう一度抱き着いて、少し恥ずかしそうにしながら笑みを浮かべる。弟がいたならば、こういう感じだったのだろうか。

「ねぇお姉さん。アフタヌーンをしたらデートがしたいな」
「デート?」
「うん! デートも好きな人とするんでしょう?」
「じゃあ、お買いものデートしようか」
「やったぁ! お姉さん大好き!」

 笑みを浮かべて脚をパタパタとさせるシュウ君は随分と嬉しそうだ。私とのデートでこんなに喜んでもらえるならば嬉しい限りである。
 シュウ君のお母さんとは会ったことがあるけれど、随分と綺麗な人だった。時折遊びに行ったりしてしまうこともあると思うけれど、と宜しくされてしまったのは少し前の話だ。シュウ君の弟君の秀吉君にも会ったことはあるのだけれどあのコも随分と可愛らしい顔をしていた。顔がいい家系って素晴らしい。

(もしかしたらお母さんを弟に取られてしまって寂しいのかなぁ)

 秀吉君とひとつしか変わらないといってもどうしてもお母さんは年下のコの方についてしまうのは仕方が無い。子どもの一年とは結構違うものである。私としては、可愛いシュウ君にこうして懐いてもらえるから嬉しくはあるけれども。

「お姉さん、あーん」

 サクサクとクッキーを食べていたシュウ君を見ていれば、シュウ君は私にクッキーを一枚差し出した。少し戸惑いつつもシュウ君から差し出されたクッキーを食べれば、いつも通りの甘みが口の中に広がった。美味しいね、とシュウ君に言えばシュウ君は満足したのかにっこりと可愛らしく笑顔を見せた。

 + + +

「脚大丈夫? 疲れたりしてない?」
「平気だよ、心配してくれてありがとう」
「ならよかった!」

 ほんの少しだけれどヒールの靴を履いているからだろうか、シュウ君が少し心配げに声をかけてくれたけれど履き慣れている靴だからなんてことはない。その旨を伝えればシュウ君は私の手を握り締めて歩く先にある雑貨屋さんを見てお姉さん好きそう、と私に笑いかけた。なお、手を繋いでいるのはシュウ君がデートなら手を繋がないとね、と言ったからである。

「あの店、猫ちゃんいっぱいだよ」
「ホントだ。ちょっと寄ってもいいかな?」
「もちろん!」

 私の部屋に出入りするから、ということもあるだろうけれど私の好きなものを熟知しているから私好みのものを見つけると声を掛けてくれるしヒールを履いているからと気遣いをしてくれるしで至れり尽くせりである。近い将来、大人の女の人への憧れとかではなくて本当に好きな人が出来たときにはこの性格のまま頑張ってほしいところである。そのときは、あぁシュウ君も大人になったんだなぁなんて感慨深くなりながら見守るんだろうか。

「お姉さん、猫は飼わないの?」
「どうしようかなぁとは思ってるよ。いつかは飼いたいかな」
「じゃあ、八年後」
「八年?」

 八年後に、何かあっただろうか。猫のぬいぐるみをじっと見ながらシュウ君が私に告げたけれど、八年という歳月に心当たりは無くて私は首を傾げる。八年後、と言えば私は二十八で、その頃にはもう結婚しているのだろうか。今のところ、予定は皆無であるけれども。
 ぬいぐるみを見つめているシュウ君に八年後に何かあるのかを尋ねれば、彼は私を見て少し恥ずかしそうに視線を逸らす。

「十八になったら、結婚できるから。お姉さんと結婚して、猫飼いたい」
「……私でいいの?」
「僕は、お姉さんがいいの!」

 頬を染めて少し強く言うシュウ君がやたら可愛くて、私は手を繋いでいない方の手でその頬を軽く引っ張る。そうすればシュウ君は私を見て、けれどその姿は恥ずかしそうで視線は逸らされた。こんなことを言ってくれるのは、あと何年だろうか。

「シュウ君が私の身長と同じぐらいになったとき、考えようかなぁ」
「今じゃ、ダメなの?」
「シュウ君がもっと大きくなって、勘違いだったなぁって思ってもいいように。まだまだ先は長いからね」
「じゃあ、すぐ追い抜いてみせるね」

 少し不満はありそうだけれど、シュウ君の身長は百四十センチぐらいだろうか。少し周りより高い身長だから、早ければ二、三年の間に抜かされてしまうかもしれないけれどその頃には憧れのお姉さんから近所のお姉さんに変わっていることだろう。自分で思ってちょっと悲しいけれど。
 帰ったら牛乳飲もうかな、なんて身長を早々に伸ばす気でいるシュウ君のセリフは聞かなかったことにして、二人で並んで猫関係の小物を見る。これが可愛い、あれが可愛い。そんなことを言い合いながら見ていれば、肩を叩かれて振り向いた。

「こんなとこで会うとは思わなかった。弟と一緒?」
「えぇっと……久し振り?」

 私に声を掛けてきたのは、学生時代の同級生だ。弟では無くて近所のコだと説明するのも面倒で、適当にはぐらかして返事をする。シュウ君が、ぎゅっと私の手を握ったのが分かった。
 声を掛けてきた彼は元々性格的にフレンドリーなだけなのだろうけれどこうして気軽に声を掛けられるとどう返事をしていいか分からずにちょっと困るのが正直な反応である。まぁ、いわゆる苦手なタイプ、という文類。けれども彼はそんなこと露知らず、私に声を掛けてくるのだ。

「猫好きなの?」
「まぁね。そのうち飼いたいなって思うぐらいには」
「へぇ。俺この辺で猫カフェ知ってるけど今度どう?」

 コミュ力が高いとはこのことであろうか。気さくな人、なのだろう。けれどどうにも私は苦手で、シュウ君に頼るかのように手を握り返す。なんと断るのが、正解なのだろうか。好かれている、とまでは言わないけれど成人した男性にグイグイ来られるのは少しばかり悩みの種だ。

「機会があったら、そのうちね」
「俺結構いつでも暇よ?」
「あー……そうなんだ、」
「っ、わ、」
「うぉっ、!」

 私の隣にいたシュウ君の声と、別の男の人の声。同時に、バチャリと水の音。鼻を掠めたコーヒーの匂い。驚いてシュウ君を見れば、どうやら男の人とぶつかってその男の人が手に持っていたコーヒーをシュウ君が被ってしまったらしい。

「すまねぇボウズ、大丈夫か?」
「平気。ホットコーヒーじゃなくてよかったよ」
「っあー……悪い、服シミになるか……?」
「服にはあんまりかかってないと思うけど……」

 どうだろう。自分の服を引っ張って確認するシュウ君を横目に私は鞄の中からタオルを取り出してシュウ君の頭を拭く。派手にかかったようには見えないけれど、頭から被ったしいっそ家に帰ってお風呂に入れた方がいいだろうか。シュウ君にぶつかった男の人は申し訳なさそうにしている。

「えぇっと、シュウ君私の家のお風呂使う? お風呂入ってる間水に浸けておけばシミにはならないと思うし」
「いいの?」
「ここから近いしね。シュウ君がよければ」
「じゃあ、お姉さんも一緒に入ろう?」
「ふふっ、服を水に浸けたらね」

 姉ちゃん、大丈夫か、と心配そうに私に聞いた男の人に大丈夫な旨を伝えれば、もし服がダメそうだったら弁償ぐらいならするから連絡をくれないかと連絡先を渡される。恐らくすぐに水に浸けてしまえばシミにはならないだろうしシュウ君の家の電話番号は知っているから連絡すればお風呂に入れるぐらいは大丈夫だろう。もらった連絡先は鞄の中に入れて、完全に放置していた同級生を見れば苦笑いを浮かべていた。

「えーっと、ごめんね。その話はまた今度」
「あっ、あぁ。気をつけてな」

 助かった、というのが第一声である。あらかたシュウ君の髪を拭いて、コーヒーをかけた男の人にも一礼してその場を後にする。家から近いお店だったのが救いだろうか。コーヒーをかけられたことなんて気にしてないように笑うシュウ君につられて私も笑みを浮かべた。



 シュウ君があまりにも自然に笑うから、私は全く気付いていなかったのだ。シュウ君があのときわざとコーヒーを持った人にぶつかってコーヒーを被ったなんて。わざと私の同級生の目の前で一緒にお風呂に入ろうと言っただなんて。帰り際、後ろを振り返って同級生に向かって舌を出していたなんて。

2019.02.21
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