大きくなったシュウ君可愛い
とある休みの日、特にすることがあるわけでもなくテレビから流れるニュースを見ているとふいに家の呼び鈴が鳴った。なにかあったっけ。そんなことを思いつつテレビを消してぺたぺたと足音を鳴らしつつ玄関へと向かう。いつからかすっかりと定着してしまったチェーンがしたままであったものの、来客に心当たりはないからまぁいいかとそのまま扉を開けた。瞬間。
「……久しいな。あまり変わってないようで安心した」
「…………どちら様でしょうか」
いや、ちょっと心当たりがあるのだけれど正直その心当たりに当たってほしくない。そんなことを思いながら、随分と身長が高いその人を見上げる。すらりとした長い脚に鍛えられた身体。小さく笑みを浮かべた整った顔立ちが、驚愕を浮かべるのが分かった。不思議そうに小さく首を傾げるその仕草だけは、あまり昔と変わりない。いや彼がその人物だと決まった訳ではないのだけれど。
「十八までには必ず来ると言っただろう?」
「シュウ君、です、よね……?」
チェーン越しに見えるその姿に、声が震える。お姉さん、お姉さんと私を慕って私の膝の上に座っていたシュウ君。確かに私と別れるときには身長が変わらなくなって膝に座ることはほとんどなくなっていたけれど、シュウ君と言われればまず最初に十歳のシュウ君を思い出すぐらいには私の中でシュウ君は小さなままで。けれど、今目の前に立つ彼は当時の可愛らしさの面影はあまり見えなくて、まだ大人になりきれていない幼さというものはあるもののどちらかというと大人の男の人の姿をしている。
「チェーンを、開けてもらっても?」
「あっ、ごめん! ごめんねすぐ開ける!」
柔らかい声に、咎められているわけではないのだけれどどこかドキリとしたのは聞こえた声が私の知る声よりも随分と低くなっていたからだろうか。それとも気持ちを閉ざすかのようにチェーンをしたままだったのを突かれたからなのか。
シュウ君に言われて、少しだけ扉を閉めさせてもらってチェーンを開ける。そのままもう一度扉を開ければ私とシュウ君が向き合うことになって、彼の身長の高さに小さく息を吐く。男の子は伸びるコは一気に伸びるというけれど、同じぐらいだった身長は二年で見上げる角度にまで変わっていた。
「お、大きくなったね……?」
「引っ越してすぐぐらいから一気にだったな」
「声変わり、も……?」
「こっちにいるときから多少はあったが、この声に落ち着いたのは向こうに行ってからか、」
小さく笑みを浮かべたシュウ君は、どこか嬉しそうだ。随分と引き離された身長と、低くなってしまった声、大人びた顔立ちにシュウ君が大人になっていっていることを示していてぎゅっと自分の服を握る。心のどこかでシュウ君は大きくなってもまだ子どものままのような気がしていたけれど、会わない二年の間にシュウ君はすっかりと大きくなっていて確かに知っているのにまるで知らない人かのように錯覚をする。
「えぇっと、立ち話もアレだし中に入る……?」
「……いいのか」
「別に、シュウ君だし」
「ホー……」
どこか意味深な相槌を打つシュウ君を少しだけ不思議に思いつつ、昔のように彼を中に招き入れる。さすがに二年前まで使っていたスリッパはもうここには無いので出すのは来客用のスリッパ。けれども彼はそれを当たり前のように履いて、あの頃とほとんど変わらない廊下を歩き部屋へと入る。改めて家の中に招き入れれば再認識させられる背の高さに、ため息をこぼす。大きくなったんだなぁ、なんて思うのは、どこか親目線なのだろうか。
二年前と同じソファーにシュウ君が腰掛けて、何か飲むかを問えば彼は特に何か所望はしていないらしく首を左右に振ってそれを見た私もシュウ君と同じようにおとなしく隣に座る。シュウ君なのに、まるで違う誰かが座っているかのような感覚がしてソワソワする。
「こっちには、メアリーさんたちも?」
「いや、俺一人だ。母さんと秀吉は日本にいる」
「そうなんだ。泊まるところは?」
「さすがに転がり込むわけにはいかないと思ってホテルを取ったさ。君がその気ならすぐにでも取り消すが?」
「うん、キャンセル料もったいないからホテル行こうね」
少し冗談混じりに言うシュウ君に、とりあえずは断りを入れておく。別にシュウ君のことは嫌いじゃないけれど、さすがに一応十六歳の男の子になるわけだし添い寝は勘弁して欲しい。シュウ君に何かをされる、ということを疑うわけじゃなくて、どちらかと言うとべっドが手狭になることの方が大きな理由ではあるけれど。
「……Sis」
「うん? っ、」
シュウ君が随分と懐かしい呼び方で私を呼ぶ。瞬間、一体私は何をどうされたのか視界が反転して私の身体はシュウ君に押し倒されていた。視界には、天井とシュウ君。いつだっただろうか、私はこの世界を見たことがある。
「シュウ、君、」
「分かっているのか、貴方は」
「え?」
「俺が、貴方を好いているということを。まだ貴方の膝に抱えられているときから、俺が貴方に恋焦がれていたということを」
「ぅ……」
頬が赤くなるのが、分かった。真っ直ぐと射抜くように私を見ながら告げられた言葉が、胸を突き刺す。真っ直ぐに私に想いを告げるその姿は、二年前と同じ。シュウ君が日本に行く前日、一緒に出かけたその日、最後に寄った場所で好きだと言われたことを思い出す。まだ身長を追い抜いていないから返事はいらないと言われた。けれど、今は違う。シュウ君は私の身長を追い抜いていて、だから、あのときと気持ちが同じだと言われれば私はそのシュウ君の言葉に返事をしなければならない。
自身の頬が火照るのを感じながら、そっとシュウ君に腕を伸ばして彼の頬に触れる。眉根を寄せて、どこか苦しげなシュウ君。私から触れられることに、どうしたらいいのか分からないというようにシュウ君はどこかぎこちなく私の顔の横に肘を付いてその手で軽く私の髪を梳く。
「変わらないの、あのときと」
何が、とは言わない。けれどもシュウ君は私の言わんとすることが分かるらしく、は、と息を吐いて、小さく笑みを浮かべる。まるで、何を言っているんだと言わんばかりのその表情。その顔に少しだけ見惚れていると、シュウ君が私の手を取って、その手を自身の胸元に当てる。その状態のまま何も言わないシュウ君を見上げれば、シュウ君は薄らと頬を染めていて、同時にシュウ君の心臓の鼓動の速さに気付いて私はシュウ君から視線を逸らす。ドキドキと、その音は随分と早く音を立てていた。
「貴方に初めて会ったときから、十歳の頃から……俺は、貴方を好きだ。貴方は俺の気持ちを憧憬と恋愛とを混同させていると言っていたが、そんなことはない。キスをしたいと思うのも、肌に触れたいと思うのも、セックスをしたいと思うのも、貴方だけだ。同級生や歳の近い異性じゃない。俺は、貴方がいいんだ」
「っ〜〜〜〜!」
少し恥ずかしそうに、けれど真っ直ぐと私の目を見ながら告げられた言葉に、私の心臓が高鳴る。シュウ君の心臓の音を確認させるように触れさせられた手から、シュウ君に私の心臓の音が聞こえそうな気がした。シュウ君の整った顔立ちが、余計に心臓に悪い。ドキドキして、クラクラする。
「俺は、大人になりたかった。貴方と並んでも姉弟なんかに見られることなく、恋人同士に見られるぐらいに。貴方の周りの異性に比べれば拙いかもしれない。けれど、貴方の身長は抜いた。エスコートだってしてみせる。隣に並んでも、もう姉弟だなんて言わせない」
シュウ君の胸元に触れていた手が取られ、その手の薬指に口付けを落とされる。そのまま手が指を互い違いに繋がれ、ぐっとシュウ君の顔が私の顔に近付く。顔と顔の距離が、近い。
「俺のことは、嫌いか?」
「嫌いじゃ、ない、よ」
「……俺が貴方に触れることは、許されるだろうか」
「ぅあ……」
真っ直ぐと見られるその視線に、言葉を詰まらせる。シュウ君のことは、嫌いじゃない。寧ろ好きだし、触れられることも、求められることも嫌だと思ったことはない。けれど、シュウ君は私よりも十歳も年下で。まだ彼は、未成年で。
「……私、年上だよ」
「そんなこと、百も承知だ。年齢が気になるなら、誰も知らない土地に行くというのも手じゃないか?」
「そんな簡単に……」
「今俺はアメリカに留学していて、そのままFBIに入るつもりだ。住む場所には困らない」
メアリーさんが言っていた、外堀を埋める、というのはこういうことか、なんて高鳴る心臓を抱えながらどこか冷静に思う。十六歳で、もうそこまで考えているのか。FBIに入るということはすなわちグリーンカードを取得するということで、その年にして自分の国籍を持たない国に永住しようと人生設計を経てている人がはたしてどのぐらいいるというのか。目の前に、いるのだけれど。
「もしも望みがないのなら、いっそ思い切りフッてくれ。そうすれば、もう俺は二度と貴方の前に現れない」
「……ずるい」
「……そうだな、少しずるいかもしれない」
「私、分かんないんだもん。シュウ君のことは好きだし、昔は可愛いと思ってて、でも会わないうちに格好良くなっちゃうし。シュウ君年下なのに、でもエスコートとかすっごい上手くって。気付いたら、男の子から、男の人になってるし」
ぽろぽろと涙を落としながら、とめどなく溢れる感情をシュウ君に吐露していく。さすがにこの歳になって泣いているのを見られたくなくて顔を隠そうとすれば、シュウ君はそれを察してくれたのか私の身体を抱き上げてそのまま私の身体を自身の腕の中に閉じ込める。前は私がこうして抱き締めていたのに、いつの間にか私がすっぽりとシュウ君の腕の中に閉じ込められるぐらいになっていたらしい。トントン、と優しく私の背中を叩いてくれるのが心地よくて、私の涙は余計にぽろぽろと落ちていく。
「……シュウ君が格好いい。前は可愛かったのに。お姉さんお姉さんって、私の後ついてきてて」
「今でもやってることに大差はないと思うが」
「身体のサイズが違う」
「確かに体格に恵まれていて助かったとは思ったな」
ハハ、と苦笑いをするシュウ君の身体に背を回して、シュウ君の身体に頭を押し付ける。鍛えられていることが、服の上からでも分かるぐらいだ。前はあんなにもシュウ君が私に抱き着いていたというのに、どこか感慨深い。
「……こうして貴方から俺に触れてくれるということは、俺はそのままいつか気持ちに応えてくれるのだと期待するわけだが」
「今すぐには、無理だけど。でも、こんな年上でいいの?」
「愚問だな」
あ、今シュウ君笑ったな、というのが、彼の腕の中でも分かった。シュウ君は私を抱き締める腕の力を緩め、私が彼を見上げればそのまま顎を持ち上げて親指で私の唇を撫でた。まるでキスをすると言わんばかりのその仕草が、どこか色気を帯びている気がした。
「貴方を想い続けて、六年だ。年齢を気にするならとうの昔に諦めている」
「……シュウ君、ホントに私のこと好きなんだね」
シュウ君の言葉が恥ずかしくて、ふ、と視線を逸らす。六年も想われているという事実が、どこか照れくさい。大人でも、付き合ってもない片想いの相手を六年も想い続けるというのは難儀なことだ。
「返事は、今すぐにとは言わないさ。俺が帰るまでに決めてくれればいい」
「……断ったら二度と会ってくれないって言った」
「俺だって人間だ、生涯を共にしたいと思っている貴方に会えば触れたくなる。俺の身勝手な気持ちで貴方に触れるのは、貴方を困らせるだけだろう」
「生涯、って、」
「当たり前だろう。十八になったら俺は貴方にプロポーズをするつもりなんだから」
あぁ、プロポーズのときに黒猫が必要だな。いつぞやの会話を思い出させるようにシュウ君が私に言った。もうあの会話から六年も経つというのに、シュウ君の中であの会話はまだ生きていたらしい。
微笑を浮かべるシュウ君に少しだけ複雑な気持ちを懐きつつ、シュウ君の背に腕を回して頭をぐりぐりと押し付ける。ずるい。シュウ君はずるい。こんなにも、私の気持ちをかき乱していく。
「明日、時間はあるか?」
「あ、あるけど……」
「久しぶりにデートをしようじゃないか。二年間も会えなかったんだ、積もる話もあるだろう?」
「デ、デート……」
「俺と出かけるのは嫌か?」
シュウ君からの投げかけに、嫌じゃないです、と小さく返事をしながら首を左右に振る。ならよかった、なんて言うシュウ君は、最初から私の返事なんてお見通しだったかのようだ。二年経っても、結局私はシュウ君に甘いんだなぁ、なんて思いながら、私は甘えるようにシュウ君の身体に寄りかかった。
2020.03.16
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