一夜限りのシンデレラ

やけに手慣れたシュウ君可愛い

 デートをしよう、と言われたのは確かだった。だからこそシュウ君の隣に立ってもそれなりに様になるぐらいの格好はしていた。私自身あまり年齢より上に見られることはないけれど、今日はシュウ君の隣に立つし、となるべく年齢が近く見えそうな雰囲気にして。迎えに行くから、と言われておとなしく待っていたのだけれど現れたシュウ君の姿に扉を閉めてしまいたい衝動に駆られる。

「なぜ閉める」
「私の可愛いシュウ君はどこ……」
「ここだ」
「随分と格好良くなりましたね!」

 もうヤケである。シュウ君の長い足が扉の間に入れられて、扉を閉めることは出来なかった。そんなシュウ君のスマートカジュアルなその服装は彼をより大人っぽく見せていて、長い脚もありその姿はシュウ君の格好良さを際立たせている。

「シュウ君、やっぱり格好いいねぇ……」
「……そもそも、こういう系統の顔好きだろう」
「うっ」
 吃る私の姿を見て、ふ、とシュウ君が笑みを浮かべる。そう、そうなのだ。前々から薄々思っていたけれど、私は可愛い系の顔よりもどこか強面系というか強めの顔面が好きというか。バレていたのか、と思うも確かにかつてシュウ君にどんな俳優さんが好きか問われたことはあるし、私は律儀にその質問に好きな俳優さんを答えていた。そりゃあ好きな俳優さんの顔を思い浮かべればよほど濁そうと思って答えない限りは好きな系統の顔は分かるというやつである、

「貴方の好きな系統の顔になれたことは、遺伝子に感謝している」
「ずるい……可愛いシュウ君はずるい大人になっちゃった……」
「それを言うなら貴方だって片想いを六年もさせるずるい大人では?」
「それは不可抗力だと思う」

 どうしてシュウ君が私を好きになったかは分からないものの、好きになってもらおうと努力したわけではないのでこれは完全に不可抗力である。気付けばシュウ君は私を慕ってくれていたけれど、別にシュウ君に私が何かをしたかと言われればノーだ。しいていうなら挨拶してくれるコだから返していただけ。

「それで、デートはしてくれないのか」
「……する」

 だってシュウ君、格好良くしてくれてるし。そんなことは言わずとも、シュウ君にはもしかしたらお見通しなのかもしれない。前から頭のキレるコだとは思っていたけれど、十六歳になった彼はそれにさらなる磨きをかけている気がする。
 きっちりと靴を履いて、鞄を手に玄関を出る。家の鍵を閉めれば、ス、とシュウ君が慣れた手付きで私の腰を引き寄せて私とシュウ君の距離がぐっと近くなった。確かにエスコートするとは言われたものの、こうもサラッと流れるような手付きでされるとさすがに私のほうがびっくりしてぱちぱちと瞬きをしながらシュウ君を見上げる。が、シュウ君は気にした様子もなく小さく笑みを浮かべるだけだ。

「シュウ君、他の女の子にもこんなことしてるの」
「まさか。貴方以外の人に興味は無い」
「喜ぶべきか心配するべきか……」

 流れるような手付きで指を絡め繋がれる動作に、その身のこなしは一体どこで学んできたんだろう、と少しだけシュウ君が心配になる。別にどこかで女の子を引っ掛けていないことに少しだけ安堵したのはここだけの秘密である。犠牲になった女の子はいなかった。

「どこに行くの?」
「お楽しみだな。車が運転できればよかったんだが」
「私シュウ君と歩くの結構好きだよ」
「それは口説かれていると思っても?」
「さすがにそれはポジティブ過ぎてお姉さんびっくりしちゃう」

 時折冗談を交えながら、道が分かるのかを聞けば二年そこらで忘れないと言われて苦笑いをする。言われてみればそれもそうだ。
エスコートをすると言ったのは言葉だけではないらしく、しっかりと道は頭に入っているらしい。確かに二年前にシュウ君とデートをしたときもしっかりしてくれたし納得である。

「それより、いつまで俺は貴方の中でシュウ君なんだ?」
「え?」
「近所に住む小さな男の子じゃなく、君を口説く一人の男だということを覚えていてほしいんだがな」
「…………シュウ、」
「ん?」

 なんだ、と言うようにシュウ君が笑みを浮かべて、穏やかなその笑みに私の頬が赤く染まる。ふい、とシュウ君から視線を逸らす。今までシュウ君と呼んでいたからクセでシュウ君と呼んでしまいそうだけど、こればっかりは慣れるしかない。
 心臓がドキドキするのは、多分慣れない呼び方をしたから。自分にそう言い聞かせながらシュウの手を強く握って、私はシュウにエスコートされるままに脚を進めた。

  ◇ ◇ ◇

「待って待って待って」
「どうした」
「いや待ってなんでイブニングドレス」
「さぁな」

 シュウ君に連れていかれたのは、女性向けのドレスが置かれている店だった。見た目のわりにリーズナブルなお値段ではあるものの、突然そんな店に連れていかれたらただただ混乱するばかりである。けれどもシュウ君は既に目星は付けている、と言わんばかりに店内を歩き、いくつかのドレスを手に取り私の身体に当てていくつかは手に持っている。店の人に助けを求めようと視線を向けるも、店の人は特にこちらを気にした様子はなくてちょっと泣きそうである。

「私ドレス着る予定ないよ……?」
「無いなら作ればいいだろう」
「いやそんな無茶な」

 誰かが結婚でもしないドレスなんて着る機会は無くて、私の周りに結婚が近い人はいない。無いなら作れと言われたもののどうやってドレスを着る機会なんて作ればいいのか。どこかのご令嬢とかならパーティなりなんなりあるかもしれないけれど、悲しいかな私は一般家庭の生まれである。
 赤系を中心にシュウ君はいくつかドレスを選んでいて、一通り店内をみると満足したのか手に持っていたドレスを私に押し付ける。ドレスとシュウ君を見比べれば、シュウ君は店員さんに声を掛けて。首を傾げれば店員さんはシュウ君と話しながらニコニコと愛想のいい笑みを浮かべ、シュウ君はというと店員さんに一礼して戻ってきた。

「えぇっと……?」
「あっちの試着室使っていいらしい」
「え、コレ着るの……?」
「サイズが合わなかったら困るだろう」
「いやちょっと意味が分からないですね?」

 ドレスを着る予定は無いと言っているんですがそれは。そんなニュアンスでシュウ君に言ってみるも彼はお構いなしに私を試着室に押し込んでしまう。どうしろというのか。いや着るしかないのだけれど。

(……とりあえず一番上の着ようかな)

 色々と気になるところはあるものの、試着室に入った以上着るしかないだろう。そんなものを着ると思っていないから多少のあれそれは見逃してほしい。
 着ているものを脱いで、ドレスを身につける。ドレスを着るのは、友人の結婚式以来だろうか。久し振りに着るその感覚に、少しだけ心躍るものがあるものの同時にもう少し身体は常日頃作っておくものだな、なんて再確認する。

「……着た、けど」
「ホー……」

 シュウ君が相槌を打ちながら、私の姿をまじまじと見る。上から下まで見るその姿は、まるで私の姿を吟味するようだ。急な試着だったからあまり見ないでほしいのだけれど、シュウ君はそんなこと露知らず。試着室で立つ私の隣に置いてあったドレスを手に取り、私の姿と手に持つそれを見比べる。

「……こっちの方が似合うか」
「あ、あの……?」
「このまま着て行きたいんだが」
「いや待って」

 シュウ君の服を掴んで止めるも、なぜ、と言いたげな顔をしてきて眉根を寄せる。こっちがなぜと言いたい。なんでデートでイブニングドレス。ちょっとお姉さんシュウ君の感覚に追いつけない。なお店員さんは微笑ましく私達のやり取りを見ている。頼むから助けてくれ。

「? 靴も合わせるつもりだが」
「いやおかしくない? 今日デートでは?」
「この後プロムに行くから安心しろ」
「安心できる要素が何一つないんですけど?」

 プロム? え、今この人プロムって言った? いやまってなんで。混乱する私を放置してシュウ君は店員さんと話を進めて買う手続きを進めている。店員さんが何やらシュウ君に勧めている気配がするのは気の所為だろうかいやまってシュウ君その箱取らないで何を勧めたのか察した。

「サイズはいかがなさいますか?」
「えぇ……」
「ある方がいいんだろう? だったらついでだ」
「……コレかな」

 スッ、と箱を二つほど持った店員さんが私にソレを見せる。箱に入ったそれは、ヌーブラ。ドレスを着るときの必需品と言っても過言でもないそれは、急にこんなところに来た私は家に帰ればあるものの今この場にはないからドレスを着るとなると必然的にいるのだけれどそれもどうなのか。そう思いつつも無いことにはいろいろと困るので自分のサイズのものを指で示せば、シュウがそれを手に取って、追加で、と店員さんに話をしている。いや待てプロムってなんだ。

「シュウ君……プロムとは……?」
「君はいらない」
「シュウ……」
「ん。日本に行ったが、ほぼイギリスで学んだから学校側の温情みたいなものだな」
「え、説明終わり? というか聞いてませんけど?」

 そんなあっけなく説明が終わるとはなんたる。そして私プロム行くなんて聞いてない。抗議をしてみるもシュウ君は聞こえていないと言わんばかりに、コレ付けてもう一度着替えて来い、と私にヌーブラを押し付けたのでおとなしくもう一度着替え直すことにする。何がどうしてこうなった。いやまて私はプロムに行くことを了承した覚えは。そんなことを思いつつ手早く着替え直すも、シュウ君はどこか楽しげに店員さんといくつか靴を並べて見ていた。

「おぉふ……」
「そっち座れ」
「ハイ」

 もう私は着せかえ人形のごとく言われるままされるままである。シュウ君が顎で示した椅子に座れば、シュウ君が私の目の前に跪いて私の脚を取る。まるで自分がお姫様にでもなったかのようなその光景に、心臓が高鳴るのが分かった。ドレスと同じ赤い靴。少しだけヒールがあるけれど、シュウ君の身長なら隣に並んでも追い越すことはまず無いだろう。
 いつから私の靴のサイズを知っていたのか。ぴったりとハマったその靴のサイズは丁度良くて、まるで私がシンデレラにでもなったかのようである。王子様が、シンデレラに靴を履かせるかのよう。

「……立てるか?」
「ん……」

 シンデレラみたいだ、なんて考えていたからだろうか。立ち上がってシュウ君の隣に立つのが少しだけ恥ずかしくて、私の手を取って立たせるシュウ君から視線を逸らす。けれど、シュウ君は何も言わなくて、似合ってないかな、なんて思いながらチラリと彼を見上げれば、シュウ君は少しだけ頬を赤らめて息を吐いた。

「綺麗だ。俺が見た中で、誰よりも」
「っ〜〜〜〜」

 どこで、そんなセリフを覚えたのか。頬を紅潮させる私とは対比的にシュウ君はケロッとした様子で店員さんに声を掛けて私から離れていくのを見送りつつ、バクバクと高鳴る心臓を抑えながらぺちぺちと頬を叩いてそっと息を吐く。どうしてだろう、ココに来てからずっとシュウ君のペースに飲まれている気がしなくもない。
 ヒールを履くのは久し振りで、いつもよりゆっくりと歩いてみる。少し歩けば慣れるもので、ほっと息を吐けばシュウ君が手招きして私を呼んで私は呼ばれるままにシュウ君の方へと脚を進めた。

「この上の店がヘアメイクをしてくれているらしい。どうせなら綺麗にしてもらおうじゃないか」
「え、え……」
「あぁ、服なら送ってもらうように手配してもらった。元の荷物は小さかったからこっちの鞄に全部入ったから手荷物は変わってないから安心しろ」
「え、鞄……?」

 手渡されたのは、元々持ってきていたものとは違う鞄。ドレスを着る際に持つ用に合わせられたそれは、どう考えてもこの店にあったもので。疑問符を浮かべてシュウ君を見ると、シュウ君は上に行くか、というように私の腰を引く。いや待って色々とおかしい。

「どうせならアップスタイルにしてもらうか……」
「えぇっと……? フル装備される感じ……?」
「折角ドレスを着ているんだ、どうせなら一番綺麗な貴方を見てもらいたいと思うのは当然だろう?」

 いやちょっと理解出来ませんね。そう言いたくなったけれどもお口を閉じてどこか楽しそうなその顔はそっと見てみぬフリをする。どうしてこうなってしまったのか。
 シュウ君にエスコートされるがままにヘアメイクをしてくれるという上の階へと移動する。そこは提携の美容室になるのだろうか。フレンドリーな男の人が私を出迎えて、シュウは美容師さんと少し話したかと思うとその姿を消す。プロム行くんだって?、なんて声を掛けてきた美容師さんになんと答えていいか分からず、私はただ曖昧に笑みを浮かべた。

  ◇ ◇ ◇

「あぁ、さらに綺麗になったな」
「ぴぇ……」

 ふ、と笑みを浮かべたシュウ君を見て、こっちが腰を抜かしそうになる。さっきまでのスマートカジュアルな風貌じゃない。私のイブニングドレスに合わせたかのようにしっかりとタキシードに身を包み髪をオールバックにしたその姿は悲しいかな私の好みドンピシャである。もしかしてシュウは分かっててやっているのだろうか。なにそれこわい。

「シュウも、着替えたんだ」
「綺麗になった貴方に似合う男にならないといけないからな」
「ひぇっ」

 シュウ君が私の手を取って、薬指にキスを落とす。もしかしてシュウ君は好きな人はとことん甘やかすタイプなのだろうか。甘やかされることは嫌いではないのだけれどこうもされるとズルズルとそのままダメな人間になってしまいそうである。
 私は無駄に緊張をしてガチガチだというのにシュウ君はそうでもないらしくケロリとした顔で私の身体を引き寄せて額にキスを落とす。次に綺麗にセットされた姿を褒めてくれて、恥ずかしさでパッと顔を逸らした。なんだかもうシュウ君の隣にいるだけでドキドキして、心臓が破裂しそうだ。ほんの二年前までは可愛い姿だったというのに、気付けばこんなにも格好いい姿になっているのだから驚きである。これが本当に同い年だったなら、きっと私はあっさりとシュウに恋をしていたのだろう。

「あ、待って代金……」
「俺がしたいと思ってしてるんだ、出させてくれ」
「いやでも……結構な金額と思うんですけど……」
「割のいいバイトをしてたからな、そうでもないさ」

 どこまでが本当なのか。真偽を聞きたいところだけれど、好きな人の前で格好つけたいというのはまぁ男の人ならばあることだろうから小さくお礼を言っておく。シュウ君がアメリカに帰るまでになにか返せるものがあるといいのだけれど、シュウ君に直接聞けばまた何かはぐらかされてしまいそうだ。貴方が俺の気持ちに答えてくれればそれで、とか。あながちありえなくもない。

「良い時間だな。プロムに行こうじゃないか」
「……はい」

 心臓がうるさいのは、ちょっと着慣れないドレスを着たから。見慣れないタキシード姿のシュウ君を見たから。自分にそう言い聞かせて、いつもより頬が赤いことには気付いていないフリをした。

2020.03.23
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