一夜限りのシンデレラ

さらに大きくなったシュウ君可愛い

 ふわふわと意識が浮上するのを感じながら、けれどもまだ微睡んでいたいという寝起き特有の心地よさを感じながら寝返りを打とうと身体を動かす。が、それは叶わなくて瞼を閉じたまま眉根を寄せる。どこか、身体ががっちりとホールドされている気がする。同時に、背中がやたら暖かくて。少なくとも寝るときは私一人だった筈で、明らかに人の体温がする背後にゾクリと背筋が震えてバッと起き上がる。瞬間。

「……まだ寝てていいだろう、」
「っ〜〜〜〜、」

 身体が引き寄せられ、そのまま耳元で囁かれて別の意味で背筋が震える。久し振りに聞いた声。前に直接聞いたときよりも少しだけ低い気がするのは、彼がまだ寝ぼけ半分だからだろうか。ぐっと彼に身体を抱き寄せられて、私はすやすやと寝息を立て始めた彼、シュウ君の腕の中に閉じ込められる。ぐるりと身体を反転させてシュウ君を見れば、私の知っている顔よりまた少し大人びた姿に頬を緩める。

「ふふ、久し振りだね」

 彼の頬を撫でて、小さく呟く。まだ外は少しだけ薄暗いから起きる時間にはまだ早いだろう。転がっているからハッキリとは分からないけれど、またちょっと体格が良くなったんじゃないかな、なんて思いながらそっとシュウ君の背に腕を回す。恐らくは合鍵を渡していたからそれで入ったのだろう。昨日の最終便とかで来たんだろうか。今日がシュウ君の誕生日だから、朝イチとかで来るかとは思っていたけれどもこうやって現れるとは予想外だった。

(大きくなったなぁ……)

 そんなことを思うのは、親目線なのか。けれど、八年前は私の方がシュウ君を抱き締めて寝ていたというのに今やシュウ君が私を抱き締めて寝ていることや私の身体を抱き締めるべく背中に回された腕や心地の良い心音が聞こえてくる厚い胸板、大人びた顔立ちにシュウ君の成長を感じるのと同時に一人の男の人なのだと実感して少しだけドキドキする。
 もう少しだけシュウ君の背に回す腕の力を強めれば、シュウ君も無意識にだろうけれど同じように抱き締め返してくれて彼の腕の中で頬を緩める。まだもう少しだけ寝られるのなら、このまま惰眠をむさぼるのもアリだろう。そっと瞼を閉じて、そのまま私は意識を手放した。

  ◇ ◇ ◇

 ふ、と眩しさに眉根を寄せて瞼を開けた。瞼を開けた先にはシュウ君がいて、ベッドに腰掛けて小さく微笑みながら私を見ていて私もその姿を見て同じように微笑を浮かべる。どうやらシュウ君の方が先に目覚めていたらしい。

「おはよ、」
「あぁ。悪いな、合鍵で入らせてもらった」
「そんなとこだろうなぁとは思ったよ。ふふっ、十八歳の誕生日おめでとう」
「あぁ」

 シュウ君が、嬉しそうに笑みを浮かべる。彼からすれば、やっと、という気持ちなのだろうか。最初に私にプロポーズをしたいと言ってから、八年もの月日が流れている。
 私が身体を起こせばシュウ君が私の頬にキスを落としてそっと身体を引き寄せる。

「――、」

 耳元で名前を呼ばれて、きゅっと目の前のシュウ君の服を掴む。こつん、と私とシュウ君の額が重なって、シュウ君に小さく笑みを浮かべられてつられるように私も微笑む。オリーブグリーンの瞳が、じっと私を見つめた。

「十八に、なった」
「うん」
「苦労させない、とは言えない。FBIに入ろうと思っているから、貴方より先に死ぬかもしれない。何より、俺は貴方より年下で成人まであと二年ある。きっと迷惑をかけることも多い。それでもいいと言ってくれるのなら、俺と結婚してくれないか、」

 少しだけ、シュウ君の声が震えている気がした。それは、緊張からだろうか。私はそっとシュウ君の頬に触れた。

「私、シュウ君より年上だけど……多分、シュウ君が同い年ぐらいの女の子と一緒にいたら嫉妬しちゃうし、不安にもなっちゃう。年上だからって思って素直に甘えられないと思うし、結構面倒な女だと思うの。それでも、いい?」
「今更、嫌と言うわけがないだろう」

 身体が引き寄せられて、そのまま唇が重なり合う。流れるような動作でそのまま私の身体がベッドに沈んで、ん?、と首を傾げる。つ、と私の頬を撫でるシュウ君の手付きに、嫌な予感がした。どうしよう、このまま食べられそうな勢いがある。

「っ、ん……待っ、て、」
「……二年の待ったから、もう充分だと思わないか」
「せめて夜……昼は、その、恥ずかしいというか、」
「ホー……」

 すぅ、と、シュウ君が私の身体を見下ろしながら瞼を伏せて口角を上げた。あ、待ってコレ私地雷踏み抜いたかもしれない。そんなことを思うも、口角を上げたシュウ君はどこか楽しそうだ。

「楽しみを取っておくのも、いいかもしれないな」
「こっわ……」

 ス、と私から離れて立ち上がったシュウ君を見て、うん?、ともう一度首を傾げる。前々から背は高い方だと思っていたけれど、立ったときの姿は二年ぶりなのだ。それでだろうか、と思いつつ、私も身体を起こしてベッドから降りて立ち上がり、シュウ君の服を掴む。いや、やっぱりおかしい。シュウ君の身長が、高い。

「シュウ君、また身長伸びた……?」
「……二年前よりかは」
「にしても伸びたね……?」

 震える声でシュウ君に告げれば、シュウ君は少し困ったように笑った。二年前も、シュウ君随分と背が高くなったなぁ、とは思った。あのときでもう既に百七十はあっただろう。ただ、今はさらにそれよりも十センチは高い。すくすく成長したにしてもさすがにコレは伸び過ぎではないだろうか。見上げる角度にお姉さんはびっくりです。
 ぎゅう、とシュウ君に抱き着いてみれば、シュウ君がどこか楽しそうに私の頭に顎を置く。いやまってそこは顎置きではないのだけれど。

「……昔は私の方が高かったのに」
「早く身長を追い抜きたかったからな」

 イギリスを離れる前に抜くことは叶わなかったが。そうシュウ君が言って、私は少しだけ苦笑いをする。確かにあのときはホントにギリギリで抜けていなかった。多分あと半年もあればシュウ君は私の身長を抜いていただろう。それぐらいにギリギリだったのだけれど、まぁ今結局こういう風にまとまったからいいかな、なんて思ったりするのだけれど。
 ふいにシュウ君が私の左手を取って、その薬指に口付ける。突然の行動に少しだけ恥ずかしく思いつつ、けれどもシュウ君を見れば片目だけを閉じて私に小さく微笑んだ。

「指輪を持ってきてもいいかと思ったが、どうせなら二人で選びたいんだが……婚約者とデートはいかがかな?」
「ふふっ、喜んで。ついでにモーニングも外で食べようか」
「イギリスの食事は二年ぶりだな」

 どこか上機嫌なシュウ君が私を抱き寄せ、甘えるように私の肩に頭を乗せる。そんな彼の頭を撫でてあげれば、足りないと言わんばかりにスリスリと擦り寄ってその可愛らしさに頬を緩める。格好いいのに、たまにこういう可愛い部分を見せてくるのはずるいなぁ、なんて思ったりするのは私だけの秘密だ。もう少しだけうんと甘やかして、その後は二人でモーニングに行くことにしよう。それで、二年ぶりにデートをしようじゃないか。格好良くて可愛い恋人を、いろんな人に見てもらうのだ。

  ◇ ◇ ◇

「シュウ君のことだから結婚指輪にするかと思った」
「籍を入れられるのはまだ先だからな。今はまだ虫除けだ」
「グリーンカードがまだなんだっけ。人より長く婚約指輪付けてられるのはいいかも」

 シンプルなデザインに一つだけストーンがあしらわれた指輪が、私の左手の薬指に嵌められている。モーニングを食べた後に入った店で、それなりにリーズナブルな婚約指輪をシュウ君が私に買ってくれた。シュウ君のことだから今は一応婚約期間ということにはなるのだけれどそれでも結婚指輪を送ってきそうだと思っていただけに一応婚約指輪であることには少しだけ驚いたものの一応手順は踏むらしい。ただこの婚約指輪、アメリカでグリーンカードを取得するというのは容易ではないからまだ暫くの間は付けておくことになるだろう。
 結婚指輪を付ける頃までに私はアメリカに渡る準備をしなければいけないわけで、海外への引っ越しなんてしたことがないから色々と未知の世界である。本格的な引っ越しはシュウ君がグリーンカードを取ってからになるから、断捨離を少しずつするぐらいのことしか出来ないのだけれど。あと貯金。あまり物欲はある方ではないけれど、節制しなきゃな、なんてことを思う。なお今は軽いお昼を終えてひと休憩中である。

「そういえば、シュウ君って子ども欲しい?」
「……欲しいとは思うがどうした突然」
「いや、私の方が年上でしょ? 産むなら早い方がいいのかなー、なんてちょっと思ったんだよね」
「……貴方を子どもに取られるのは、嫌だな」

 ふい、と少し拗ねたように視線を逸らすシュウ君を見て、ふ、と思わず笑ってしまう。その姿を見て、そういえば昔シュウ君が秀吉君に嫉妬してたことあったな、なんて昔のことを思い出してしまった。私とシュウ君、付き合いは長いもののそもそも恋人という枠に入るまではかなり色々と時間があったし、恋人になってからは全然会っていない。私自身シュウ君の子どもなら可愛いだろうなぁ、なんて思うけれどもすぐに欲しいかと問われれば別なわけでここはもう成り行きに任せるのが一番かもしれない。授かりもの、と言うわけだし。
 拗ねたままのシュウ君を見ながら、彼の頬を突く。何だ、なんてちらりとこちらを見るだけの少し子どもじみた返事の仕方を見て、私の頬はゆるゆるである。確かに大きくなって格好良くなったけれど、時折こうして子どものときみたいな姿を見せてくれるのがたまらなく可愛い。

「可愛いなぁって」
「貴方には、格好良く思われたいんだが」
「格好良いよ。でも、十年後ぐらいに今から期待してる」

 十年後、といえばシュウ君は二十八で、その頃には今より落ち着いた雰囲気になっているだろうか。いや今でも落ち着いてはいるのだけれどそういうことではなくて。十年後のシュウ君を勝手に想像しながら頬杖を付いて彼を見れば、シュウ君は少し複雑そうに私を見ていた。

「今ほど自分の顔が貴方の好みで良かったと思うことはないな」
「務武さん格好良かったもんねぇ」
「……それはどういう意味か聞いても大丈夫なやつか?」
「シュウ君が心配するような感情はないから安心してほしい……」

 一瞬ピリついた空気を醸し出したシュウ君からそっと目を逸しながら告げれば、その空気はまたすぐに穏やかなものへと変わる。お願いだから自分の父親にまで嫉妬しないでほしい。小さな子どもみたいで可愛くはあるけれども。
 メアリーさんと務武さんが一緒にいるところを見たことは少ないけれど、それでもいい夫婦だと思ったし美男美女だとも思った。まさかその夫婦の子どもとこうなることなんて当時は思っていなかったのだけれど。

「……あれ、そういえばシュウ君。メアリーさんって私とシュウ君の関係は知ってるの?」
「言ってはないが俺が貴方に一途なのは昔から知っているから予想はしてると思うぞ」
「わぁ……籍入れる前に挨拶に行くのが怖い」
「事後報告でも問題ない気がするが。その頃には成人しているだろうしな」
「いやさすがにそれはちょっと」

 嫁姑問題勃発させたくないんですがそれは。いや前々からメアリーさんにはよくしてもらっているからそう起こることもないと思うのだけれど心構えというかなんというか。色々と世間体的にも考えるところがあるのだけれども、目の前に座るシュウ君はそんなこと気にする素振りはない。夫婦間の溝ってこうやって生まれるんじゃないだろうか。知らないけど。

「……幸せだなぁ」
「それは、俺の台詞だろう。長年の片想いだったんだ」
「粘り勝ち?」
「押せばいけると思ったのは否定しないな」
「わぁ」

 いつからそう思っていたんだろう。聞きたいような、怖いような。十歳の頃から私に対してグイグイ来ていたけれどもしかしてその頃からそう思っていたんだろうか。やだ十歳怖い。
 くるくるとグラスに入ったストローを回しながら眉根を寄せてシュウ君を見れば、彼自身多少強引だった自覚はあるのか少しだけ苦笑いをして私を見る。いうて実際本気で嫌だったらもっと突っぱねているから、シュウ君は恐らく私のそういう部分を見てはいたのだろう。

(いつから、シュウ君を男として見てたんだろうなぁ……)

 ちらり、とシュウ君を見るも、答えは闇の中だ。まさか十歳のときだったとは思いたくないけれど、十歳のシュウ君にもドキドキしたことはあるのが悲しいところである。そのときに手は出されたけどこちらから出してはいないのでセーフかな。そんなことを思いつつ、私はグラスに残っていた紅茶を飲み干した。

2020.06.25
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