一夜限りのシンデレラ

物語が始まる午後11時

 
「ねぇお姉さん、今から暇?」
「…Please, leave me alone.」
「日本語喋れないフリしちゃってさ、分かるんでしょ?」
「Because you are not free, disappear.」

腕を掴まれて、男の人に絡まれている。夜遅くに一人で歩いているのが問題だったのか、厄介な人に絡まれたものだ。日本とはそういう国なのだろうか。
一応日本語は日常会話をする程度には問題ないけれど、見た目がどう見てもアメリカの方の人なのであえてわからないフリを貫き通すことにする。暫く英語で返し続ければ、向こうも諦めるだろう。

「いいじゃん、遊ぼうぜ?」

……我慢しよう、我慢。国際問題は起こしたくないのだ。ちょっとイライラしてきているのは事実だけど我慢しよう。

「どうせ、そんな身体してんだし遊んでるんだろ?」

もともと私が日本に来たのは、どうしても行きたい場所があって来たわけで。こんな初対面の男に邪魔されるのは迷惑な話でしかないわけで。そしてこの発言。いい加減面倒になったので一発金蹴りでもしようかと身を一歩引いた瞬間。

「…何でこんなところで絡まれてるんですか」
「っ、」

後ろから、見知らぬ男が私のことを引き寄せた。驚いて彼を見れば、真面目そうな青年である。正直、少々頼りなくは感じるが。最も、アメリカの方の人達と比べるのがお門違いでもある。
彼は私を見ながら息を吐いて、私に絡んできた人を睨み付ける。絡んできた男は怯み、私の手を離して去っていった。
眼鏡をかけた青年は私のことをまじまじと見て、再度息を吐いた。

「Can Japanese not talk?」
「あ…ごめんなさい、喋れます…。ただ、絡まれたときは喋れないようにした方がやりすごせるかなって…」
「そうですか…。日本語が喋れるのは有り難いですね。あまり英語が流暢に喋れる方じゃないので」
「あの、有難うございました。助けて頂いて…」

彼は私を見るのを止めようとはせずに、むしろ何か考えるように私を見る。…多分、彼とは初対面のはずだ。日本人の顔を覚える、というのは私には中々慣れないものではあるけれど、今まで生きてきた中で会った日本人というのは少ない。仕事上追いかけている人などの顔は頭に入っているし、かつて仲間だった日本人はすでにこの世を去ってしまった。

(この人なら、分かるかな…)

私が今から行こうとしているのは、来葉峠。私のかつての仲間だった彼が死んだ、という場所。彼の上司に少々強引に聞き出したのだ。しかし、私が日本に来たのは初めて。来葉峠の場所なんて大体の位置しか知らないわけで。なんとかなるさ精神で日本まで来たというわけだ。

「あの、迷惑ついでに1ついいですか…?」
「…力になれることならば」
「来葉峠、って…どこですか?」

私が峠の名前を出した瞬間、目の前の彼は一瞬だけ顔を曇らせた。本当に、一瞬だけ。何か、嫌な思い出でもあるのだろうか。場所を案内してもらえば別に連れて行ってくれと頼むつもりはないので堪えてほしいものである。

「夜遅くにあんな場所に女性一人で行くのは危険です」
「…危険でも、教えて頂けませんか。出来ることなら一日でも早く行きたいんです。案内して欲しいなんてことは言いませんので…」

まだ彼がアメリカにいて、事務所でも顔を会わすようなことがあった頃。私と彼との仲は正直良好とは言えるものではなくて。むしろ、会う度にお互い何かしらに突っかかって言い合っていた気がする。
彼が日本に捜査に行く、と言ったときも、私はいつものように『殉職しても花添えに行ったりなんかしてあげないから』なんて言ったことを覚えている。彼もいつものように『お前がそんなことをしたら槍でも降るだろうな』なんて、鼻で笑いながら言われた。
まさか、それが最後の会話になるなんて誰が想像しただろうか。
私達FBI捜査官というものは正直な話いつ死ぬかなんて分からなくて。次の捜査で死ぬ可能性だって、十二分にある。それを、分かっていたはずなのに。

「……仕事の仲間が、そこで亡くなったんです。出来れば、早いうちに行ってあげたいなって。……すみません、嫌ですよね、こんな話」
「……分かりました」

彼は諦めたかのように再度息を吐いて私を見た。

「明日の朝、ここで別れた女性がニュースで亡くなった、なんて報道されても気分が悪い。私で良ければそこまで車で乗せて行きますよ」
「え、いやっ…タクシーでも何でも拾いますから…!大丈夫です!」
「言ったでしょう、何かあっても気分が悪いと」

彼は譲るつもりは無いらしく。腕を組んで『それで、行かないんですか?』なんて言い出した。どことなく、仕事仲間だったアイツを思い出させる。目の前の彼とは、全く似ていないのに。

「それに、今からタクシーを呼ぶにしてもなかなか来てくれないでしょうね」
「……貴方、秀に似てる。日本人ってみんなそうなの?」
「別にそういうわけでもないと思いますが…。貴方の名前は?」
「アリシア…アリシア ギャビン」

見た目は全く似ていないのに、中身、というのだろうか?ちょっとした仕草なんかが、とても良く似ている。ほら、今だって。
フッ、と鼻で笑う感じ。秀も、よくしていた。私と言い合うときに、よくそうやって私のことを見透かしたように鼻で笑っていた。

「じゃあ、私のことは"秀"とでも呼んで下さい」
「……本当の名前は、教えないんですか」
「どうせ来葉峠を案内するまでの仲です。その彼を重ねるなら重ねて構わない」
「そう……」

目の前の彼をその名前で呼んだら、戻れなくなりそうだ。極力呼ばないことを決意しながら、彼の向かう後に続く。恐らく、その来葉峠に向かうのだろう。
暫く他愛もない話をしながら歩いて、彼のであろう車に案内される。助手席に座ることを促されたので、遠慮なく乗らせてもらうことにした。

「……見知らぬ女なんか乗せて、修羅場になっても責任取らないわよ」
「大丈夫ですよ。そういう人なんてここ暫く居ませんから」
「あら、そうなの?」
「えぇ。残念ながら」

彼は車を走らせながら、小さく笑いながら言った。見た目は決して悪く無いだろうに勿体無い。

「……何か、寄るような場所は?」
「ないわ。花なんて、添えてあげるつもりないもの」
「なら、もう後少しで着きます」

車は、どんどん暗い道を進んでいく。やがて街頭もほとんど無くなって、まるで整備された山道を通っているようだ。
ふいに、車を運転する彼が車を止めた。

「……もしかして、ここが来葉峠…?」
「えぇ。まだ、整備も何もされていませんよ」

彼が視線で示した方向。そこは、焼け焦げた痕が痛々しく残されていた。

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