全てが終わる午前7時
――貴方の本当の名前、呼びたかったわ。
誰かが、消えそうな声でそう呟いたのが聞こえた。ぼんやりとする意識の中、遠くから扉の閉まる音がした気がしたのは聞き間違いなのだろうか。
「アリシア……?」
身体を起こしながら名前を呼んでも、返答は無い。あぁ、そういえば変装しているんだった、とまだハッキリしない頭で考える。ここに彼女がいなかったのが不幸中の幸いか。に、しても。
(気配が、しない……?)
辺りを見回せば、ベッドサイドテーブルに置かれた紙幣。彼女の私物らしきものもこの部屋には見当たらない。そして、先ほどの消えそうな声。扉の、閉まる音。
カチリ、と頭のなかで何かが音を立てた。
薄暗い外を窓から見ても、彼女の姿は見当たらない。溢れ出るほどの嫌な予感が苛立たしくて、思わず壁を拳で殴る。
(さり気なく、連絡先を聞くべきだったか…)
アリシアが、こっちに来るのは初めてのはず。今ならまだ、近場にいるだろう。
上着を掴んで、まだ薄暗い外へと向かった。
+ + +
ホテルから出て辺りを探すも、アリシアの姿はない。闇雲に探しても、見つからないということだろうか。
歩き続ける脚はそのままに、彼女ならどこに行くかを考える。そもそも、彼女は何の為にここに来た?自分の死に場所を見るために?
『――秀一のこと、忘れさせてよ』
アリシアが縋るように言った言葉が、頭を過る。
忘れ、させて?
彼女は、全てを忘れてしまいたかったのだろうか。自身の、想いでさえも。思いつめていた彼女。取る行動は、きっと1つだけ。
嫌な予感はこのことだったのか、と思いながら人気のない場所を探す。自分なら、きっと人気のない場所を探すだろう。それは、きっと多くの人間がそうなように。そして土地勘のない彼女なら、きっと適当に見つけた場所を選ぶはず。だったら、今この場所から思いつくのはたかが知れている。
真っ先に思いついた廃ビルに脚を進め、緩くかけられているチェーンを跨いで中に入った。二階に上り、適当に手前の部屋の扉を開ける。
「っ、」
まさか。一発でアリシアがいる場所を当てられるなんてことは考えてなかった。が、そのまさかの出来事に息を呑む。
薄暗い部屋に倒れている、一人の女。見覚えのあるその服装は、確かにアリシアのものだ。駆け寄って彼女を腕に抱き上げれば、ゆっくりとした動作で、彼女が瞼を開ける。
「アリシアっ……」
「……しゅ、う…」
かすれた声で呟かれた名前。一瞬自分の変装が出来ていないのか考えたが、そんなことはないはずだ。確かに今の自分の姿は"沖矢"の姿である。
彼女は、きっと今自分自身が何を見ているのかさえ把握できていないのだろうか。
「好き、よ…、貴方の、こと」
「何、を……」
フッ、と彼女が笑うのと、俺の手から彼女の手がするりと滑り落ちるのは、ほぼ同時だった。
刹那、アリシアの側にあったビンが、音を立てて転がった。
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