キャンバスは真っ白だった。

 
身体中が悲鳴を上げる中、目を覚ました。なんとなく埃臭いな、と思いつつ回らない頭で考えながら身体を起こす。

「……え?」

身体を起こすときに、私のすぐ近くからじゃらり、と金属質な何かが動く音がした。それが何なのか辺りを見回すと、音の原因は右足首にある足枷から繋がる鎖。鎖の先は、部屋の中央にある柱に繋がれている。

(……私、何かしたっけ…)

鎖の距離を考えても、扉の外に出ることは出来ないだろう。いわば監禁状態。何かこういうことになるようなことをしたのだろうか、と意識を失う前まで何をしていただろうかと思考を巡らせる。

(あ、れ……?)

私は、何をしていた?そもそも私は、私の名前は?家の住所は?仕事は?そもそも、年齢は?
いろいろなことを思い出そうとするけれど、白い靄がかかったように何も思い出すことが出来ない。何か、フィルターでもかけられて、一切見れないようにされているような。
何か、今いるこの部屋に手がかりは無いのだろうか。私が寝ていたベッド以外には、部屋の中央…よりかはベッドがある側にある柱と、2つの扉。ベッドの真正面にある方の扉には下に何かを出し入れするような小窓?のようなものがある。出た先は、廊下だろうか。こちらの扉の外には鎖の長さを考えると届きそうにない。
けれど、ベッドのすぐ横にある扉。こちらには中にも入れそうだ、と開けてみるとそこにはトイレ。どうやら私は本当に監禁されているようで。どうしたものか、と考えていると廊下の方からカツリ、カツリ、と誰かの足音。誰か来るのか、と扉を見ていると、本当に扉が開く。そこにいたのは、全身黒の服に身を包んだ、銀髪の男。

「目が覚めたのか。気分はどうだ」

ニヤリ、と笑う彼を、ベッドに座った状態で見上げる。扉を閉められて、こちらに近付く彼の銀髪に見惚れていると、返事をしない私にイラついたように腕を引いて顔を近付けられる。

「黙りか?」
「……綺麗ね」
「あ?」
「綺麗ね、貴方の銀髪。お月様みたい」

黒に映えるその色が綺麗で、思わず笑みを浮かべる。が、私の答えに彼は舌打ちをして私をベッドへと放り投げた。

「テメェ…自分の状況分かってるのか」
「…さぁ。それが、何も思い出せないの。名前も、年齢も、何をしていたのかも」
「何だと…?」

眉を寄せて、顔を顰められる。何か知ってることはあるか聞いて見ても、彼は舌打ちをするだけで何も答えることはない。
上から下まで凝視されたかと思うと、彼は私に馬乗りになって頭を押さえつけられる。

「その言葉、嘘偽りはねぇな?」
「そんなくだらない嘘…え、何それ本物?」

彼がコートの中から取り出した、拳銃。それを押さえつけられていた頭に向けられる。銃の仕組みはよくわからないけれど、人差し指の引き金を引いたら銃が出ることぐらいは分かる。

「さぁな。撃ってみれば分かるだろ」
「そのときは私はこの世にいないわね。嘘偽りだと疑うなら医者なり何なり見せても構わないわ。なーんにも思い出せないもの」
「フン……ちょっと待ってろ」

目の前の彼はそう言って、部屋を出ていく。信じた、のだろうか。怪しいことこの上ない自覚はあるのだけれど。それとも、医者でも呼ぶか…。いやでも医者を呼んだとしてこの足枷はどう説明するのだろう。こっちの方が怪しい。
一人どうしたものかと思考を巡らせていると、銀髪の男の人が出ていった扉の方から、足音が聞こえてくる。音の数からして、二人分。
ガチャリ、と扉の開く音がして扉を見れば、そこにいたのはさっきの銀髪の男ともう一人。金髪の、女性だった。

「誰……?」
「あら、本当に記憶が無いのね」
「…らしいな」

金髪の女性と私の間には、何かあったのだろうか。私が彼女を見ても何もしないだけで記憶が無いと信じてもらえるのならば、簡単で有難いのだけれど。
そう思っていると、金髪の女性は拳銃を取り出して、私に向ける。その顔には、笑みが浮かべられている。

「ねぇジン。この女、どうするの?」
「……あの方に報告して、その指示に従うだけだ。まだ殺すなよ」
「命拾い、したわね」

ジン、と呼ばれた男が殺してもいいと言っていたのなら、私の頭には風穴が開いていたのだろうか。自分の名前も何も思い出せないから、未練なんてものはあまりないのだけれど初めましてさようなら、なんてことはちょっと遠慮したい。
女性は拳銃を懐に戻して、私を見る。何かを考えるような素振りを見せながら。

「貴方のここでの名前はビトウィーン。覚えておくことね」
「ビトウィーン…」

聞きなれないその名前を繰り返すと、思ったよりも私の声が部屋に響いた。

2015.08.30
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