希望が見えない灰色の空だった。
「実琴さん、生きてたんですね!?」
「えっと…どちら様でしょうか」
何回目だろう、このやり取り。
私に抱き着いてきたジョディと名乗る金髪の女性に案内された場所。話を聞くところによると私も彼女もFBIの人間で、私は何やら捜査の途中で連絡が取れなくなっていたみたいだ。FBIの人間、ということであまり公に捜索が出来ないということで中々見つからなかったらしい。私も記憶喪失だったし、元々ここの人間ではないらしいから仕方が無いだろう。…多分。
私が苦笑いをしながら名前を尋ねた大柄な男の人はキャメルさんと言うらしく同じFBIだとか。そして日本警察はジョディさんとキャメルさんがFBIであるということを知っているらしいのでそりゃあそんなにFBIが休暇中に日本に来るわけないだろうと思われることを考えるのはおかしくないだろう。
「仕事に関しても、記憶が無いんですか?」
「えぇもうさっぱり。自分の名前でさえ分からなったんですよね」
起きたときはホントによく私パニックにならなかったな、と褒めたい。一応今ジョディさんが私の経歴の一覧?のようなものを用意してくれている。ただ、それがジンに頭に叩き込んでおけと言われたものとどれだけ合っているかを確認することに近いのではないのだろうか。
(まぁ、結局はここにあるのって偽りの経歴なのよね……)
どうやってジンのいるあの組織に入ったかとかは聞かされていないけれど、私はどうやら未成年のときから組織に出入りしていたようだ。そしてFBIの情報を得るいわば諜報員として育てられたようだ。そして無事FBIに入り、組織に情報を与えつつ時折組織の情報を掴んだかのように見せかけて実は組織で不要と判断された人間をFBIで捕まるように裏で捜査して信頼を得ていたということらしい。我ながらえげつない。
「実琴、待たせたわね…ってキャメル?戻ってたのね」
「えぇ、さっき。にしても本当に実琴さん記憶が無いんですね…」
「医者にも見せたけど、こればっかりはどうしようもないみたいね。あ、コレがさっき言ってた経歴ね」
「ありがとうございます」
この場合、記憶が戻った方がいいのか戻らない方がいいのかどっちなのだろうか。私の記憶が万が一戻ったら私は組織に殺される可能性もあるのだけれど。あれ、でもFBIには私が諜報員だというのはバレていないから結局は安心していいのだろうか。今度ジンから連絡を受けたときに確認してみようか。
ジョディさんから受け取ったファイルを広げて、そこに書かれた経歴を読む。組織で読まされた私の本当の経歴と表向きの経歴、今FBIに残されている経歴とこれで3つの経歴が私の頭の中に入ったということだ。正直どこかでボロが出ないか心配ではあるけれど、そこはちゃんと気を引き締めていけということだと思っていればいい。
「この、組織に潜入って何をしていたの?」
今から数年前のところに、書かれていた一行。本当は私が何をしていたかなんて本当の経歴で知っているけれど、一応こっちの話も聞いておきたい。
「あぁ、これね…。貴方ともう1人、ある組織に潜入していたことがあるの。もう1人は潜入ってバレたけれど貴方はバレてなかったから、そのまま続けていたのよ」
「へぇ…。今も、ですか?」
「そう、ね。今回のことで向こうには潜入ってことがバレたかもしれないから、慎重にならないといけないと思うわ」
ジョディさんに言われたことを頭の中で巡らせる。とりあえず、私がFBIから組織に潜入していたように見せかけて組織からFBIに潜入、そしてFBIから組織に潜入といういわば二重スパイ的なことをしていたことはバレていないらしい。組織ではバレた可能性があるとは言っていたけれど何とかごまかしたということなのだろうか。
「その…潜入がバレたっていうもう1人の人はどうなったんですか?」
「何とか組織から抜け出すことは出来たけど、別のことで、ね…」
「そう、ですか…。すみません、」
「いいのよ。それに、もし実琴に記憶があったとしても彼のことは知らなかったわけだしね」
それで、なのだろうか。彼女に抱き着かれたときに感じた違和感。『貴方だけでも、無事だったのなら』と言った言葉。それは、きっと彼女の無意識の言葉だけれど、誰か1人がこのFBIからいなくなったのだということを表していた。
(人を騙すことに、慣れないとな……)
少なくとも、前の私はそうだった筈だ。どうしてあの組織に入ろうと思ったのかは分からないけれど、人を騙して、殺めて、生きてきた。
小さく息を漏らしながら、私は窓の外を見上げた。
2016.01.20
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