The calyx of a tomato

マナが人知れずネビルを助けたことに間違いはなかった。手首を骨折してしまったとしても、それだけで済んだことをネビルは喜ぶべきだ。何せマナの浮遊魔法なしにあの高さから落ちていたら、確実に肋骨の2本や3本、あるいは頭蓋骨さえペシャンコになってしまっていたかも知れないのだから。だからネビルが手首の骨折だけで済んだことに、本来なら誰しもが喜ぶべきではあったのだが、あのネビルの涙でグチャグチャになった顔を思い出すと、あの時自分が杖を取り落としさえしなかったらとマナは酷く自己嫌悪に追われるのだった。

「もう、マナ!聞いてるの!」
「え、な、なに?」

いつの間にか授業は終わり、無意識のうちに廊下を歩いていたようだ。一緒にいたハーマイオニーの怒ったような声にマナが急いで返事をすると、ハーマイオニーは未だ怒ったように目を釣り上げていた。

「なに、じゃないわよ!さっきの騒ぎ見てなかったの?スリザリンの挑発に乗ったハリー・ポッターが先生の言いつけを無視して箒に乗ったのを!」
「ハリー、教えられてもないのに箒に乗れたの?凄いなあ…」
「まあ!あなたったら言いつけを破ることを凄いなんて言うのね。その後ハリーがどうなったかお分かり?怒ったマグゴナガル先生に連れていかれたのよ!」

明日には寮点がたっぷり引かれてしまうかもしれないわ!とハーマイオニーが怒っているのを横目に、マナは保健室にいるネビルのことについて考えていた。正直ハリーのことについては全然気がつかなかったが、周りの様子を伺うに、ある者は嬉々として(主にスリザリンである)、そしてある者は同情するようにハリーのことについて話しているものだから、きっと全員がそれを目撃したのだろう。新しい衝撃的な話題に、皆ネビルのことは頭から抜けているようだった。ネビル、痛そうだったな…。マナは自分の手首を見つめ数回握ったり開いたりを繰り返すと、後でこっそり夕飯のデザートと共にお見舞いをしにいこうと思うのだった。


夕食の時だった。例のごとく初めて見る食べ物に四苦八苦しながらも興味津々に食事を進めていたマナは(ハーマイオニーは質問があるからと先生のところに行っている)、ハリーの話に手に持っていたトマトのヘタを取り落としてしまった。

「ハリー、シーカーになるの!?」

ジェームズに似た顔だから箒飛行は上手そうだなと思ってはいたが、まさか彼と同様にシーカーになるだなんて。しかも絶対にダメな筈な一年生なのに!マナは興奮せずにはいられなかった。

「私、応援するっ!絶っ対!」
「マナ、ありがとう」

ハリーは本当に嬉しそうに笑った。心なしか自信もうかがえる。つい昨日までの、魔法の授業について行けるか不安で仕方なかったハリーはどこにもいなかった。
突然、後ろから声が聞こえた。「すごいな」いつもより低いが聞いたことのある声だった。マナが顔を上げると、そこには双子の片割れーー判断が出来ないが、ロンが言うにはジョージがそこにいた。

「ウッドから聞いたよ。僕たちも選手だーービーターだ」

ジョージがそう言い終えると、今度は突然頭にズシリと重みを感じた。双子のジョージじゃない方ーーフレッドがマナの頭に手を置きながら言った。

「今度のクィディッチ・カップはいただきだぜ」

目線はハリーに釘付けだが、フレッドはマナの頭に手を乗せたままだ。撫でるわけでも髪を梳くわけでもなく、ただ肘置きのように手のひらをマナに乗せているだけのようだった。さすがビーターと言うだけのこともあって、その手のひらの大きさはマナの頭を掴めそうな勢いである。

「チャーリーがいなくなってから、一度も取ってないんだよ。だけど今年は抜群のチームになりそうだ。ハリー、君はよっぽどすごいんだね。ウッドときたら小躍りしてたぜ」
「じゃあな、僕たち行かなくちゃ。リー・ジョーダンが学校を出る秘密の抜け道を見つけたって言うんだ」
「それって僕たちが最初の週に見つけちまったやつだと思うけどね。きっと『おべんちゃらのグレゴリー』の銅像の裏にあるヤツさ。じゃ、またな」

双子は話すだけ話して立ち去ろうとしたが、今までマナの頭に手を乗せていた方ーーフレッドが立ち止まってマナの方を見ると、ニヤリと笑った。

「おい、トマトのヘタついてるぞ。白雪姫は毒トマトでも食べたのか?」

そう言っていつの間に取ってくれたのかトマトのヘタをマナに見せつけると、意地悪な顔でまたマナの髪に挿した。「似合ってるぜ」フレッドはニヤニヤとしながらマナの頭にもう一度ぽんと手を置くと、先に行ったジョージの後を走って追いかけて行った。

「あー、ごめん、うちのフレッドが」

ロンが気まずそうに謝ったが、マナが放った言葉は2人を硬直させた。

「ねえ、これ似合ってるかな?」

マナは顔を綻ばせ、髪に飾った、というよりかろうじて引っかかっているようなトマトのヘタが落ちないようにロンとハリーに見せてきた。その顔は仄かにピンクに染まっている。

「アー、マナ、なんていうか、その」

ハリーがやっとの思いで言葉を濁そうとしたが、正直者のロンは狼狽えながらも呆気に取られたように呟いた。

「分からないの?君、からかわれてるんだよ」
「え?」

マナがロンの言葉の意味に気付く前に、クラッブとゴイルを従えたマルフォイがやってきた。ハリーとロンは途端にうぇっとした顔になる。

「ポッター、最後の食事かい?マグルのところに帰る汽車にいつ載るんだい?」

マナはいったいマルフォイが何のことを言っているのか分からなかった。シーカーになるハリーがどうしてマグルのところに帰るんだろう?飛行訓練のときのハリーとマルフォイの一悶着を見ていなかったマナは、ハーマイオニーが言っていたことも頭から抜けてなくなっていた。

「地上ではやけに元気だね。小さなお友達もいるしね」

退学しない上に、シーカーになるという事実を隠しているハリーは随分と余裕があるようだった。マルフォイはそんなハリーに挑発じみた台詞で決闘を申し込み、それにロンが乗るという形でその場は収まり、最後にマルフォイがちらりとマナを見た。

「ゴミがついてるぞ」

マルフォイはマナの頭に付いているトマトのヘタをゴミのように床に払い落とすと、スタスタとスリザリン寮のテーブルの方に歩いていった。すると入れ替わるようにハーマイオニーがやってきて、気付かずにトマトのヘタを足で踏んだままロンとハリーにお馴染みの説教をし始めた。

「……ゴミ…、」

マルフォイの言葉は決してお金持ち故の言動ではなく、一般的にも間違っていない指摘だったのだが、マナはハーマイオニーに踏まれたままのトマトのヘタを見て、色々と(色々と)虚しい気持ちになった。