Broomstick Flying

グリフィンドールの談話室でマナが本を読んでいると、何やら掲示板に人が集って、落胆しているのが見えた。

「どうしたの?」マナがハリーに聞くと、落ち込んでるハリーの代わりにロンが答えた。

「飛行訓練がスリザリンとの合同授業なんだ」
「そらきた。お望み通りだ。マルフォイの目の前で箒に乗って、物笑いの種になるのさ」

続けてハリーがやけくそにそう言った。

「うーん、でもハリー、飛行術とか得意そうな顔してるけど」

マナはクィディッチでシーカーをしていたというジェームズを思い出した(やはり二人はよく似ている)のだが、ハリーはマナの言葉をその場の慰めだと思ったのか、苦笑いした。
ハーマイオニーもどこか飛行訓練に関してはピリピリしているようだった。実を言うと、マナもだいぶ不安だった。箒には乗ったことがないのに加え、先日の魔法薬学のトラウマがまだマナには根強く記憶に残っていた。マナはハーマイオニーが図書館で借りた「クィディッチ今昔」の講義をネビル同様熱心に聞いたのだった。

突然、めんふくろうがネビルに小さな包みを持ってきた。中には白い煙が立ち込めている小さなガラス玉が入っている。

「それ、『思い出し玉』だ」

マナが言うと、ネビルは力強く頷いた。

「ばあちゃんは僕が忘れっぽいこと知ってるからーー何か忘れてると、この玉が教えてくれるんだ。見ててごらん。こういう風にギュッと握るんだよ。もし赤くなったらーーあれれ……」

ネビルの掌に転がる玉が真っ赤に染まった。

「……何かを忘れてるってことなんだけど……」

マナが興味津々といった様子でネビルの思い出し玉をじっと観察していると、スリザリン寮のマルフォイがすぐそばを通りかかり、ネビルの手から思い出し玉をひったくった。マナはそんな乱暴しなくてもいいのにと思ったが、それよりも向かい側に座るハリーとロンが弾けるように立ち上がったことにびっくりした。

「ふ、二人ともどうしたの?」

ハリー、ロン、マルフォイは黙ったまま睨み合っている。だがマナの目には、お互いが見つめ合っているように見えた。3人とも仲が悪かったような記憶があるが(実際そうなのだが)いつの間に仲直りしたんだろうとマナは一人思った。

「どうしたんですか?」マグゴナガル先生の声だ。
「先生、マルフォイが僕の『思い出し玉』を取ったんです」

ネビルの言葉に、マルフォイは苦々しい顔をしながら「見てただけですよ」と告げて素早く玉をテーブルに置いた。勢いがついたせいで玉がマナの方へ転がってきたので、落ちないように手に取ると、ネビルの手から離れ真っ白だった思い出し玉があれよとあれよという間に赤く光り始めた。一体自分は何を忘れているのだろう。見当もつかないマナは、未だ赤く光る玉を見て首を傾げるのだった。


午前中の授業を終え、とうとう皆が楽しみな、またある者にとっては不安な飛行訓練の時間がやってきた。お天道様が隠れることなくマナたちを照らし、頬を撫でるように流れるそよ風がとても心地良い昼下がりだ。恐らくこういうのを「クィディッチ日和」と言うんだろうなとマナは思った。

飛行訓練担当だと言うマダム・フーチはマナと同じ白髪だったが、その髪は同級生の男の子よりも短く切り揃えられ、マナの髪のように細くはなくギラギラと輝いている。瞳の色は鷹と同じ黄色をしていて、まさに「ホークアイ」だとマナは思った。
マダム・フーチは見た目からだいたい想像できる性格をそのまま持ち合わせていた。カツカツと授業に現れ、開口一番から生徒をガミガミと叱りつけた。そして生徒全員を箒の側に立たせると、右手を箒の上に突き出して「上がれ!」と言うように指示した。

「上がれ!」

マナが叫んでも、箒はうんともすんとも言わない。

「上がれ!」

マナはもう一度叫んだ。箒がコロリと転がった。
マナは斜め前にいるハリーを盗み見た。ハリーは一発で箒を飛び上がらせている。マナは気を取り直してもう一度箒に向かって「上がれ!」と叫んだ。しかし、箒はピクリとも動かない。
マナはとうとう堪え切れなくなって、足先で箒をツンツンと突っついた。それからまた「上がれ!」と言うと、箒が怒ったのか(箒に感情があるとしたらの話だが)箒が急にマナに向かってーーマナの手ではなくマナに向かってーー猛突進してきた。「ぎゃっ」マナはあまりの勢いに尻餅をついてしまった。目をぱちくりとして猛突進してきた箒を見ると、まるで今のことは知らないふりと言った様子で地面になんの音沙汰もなく転がっている。周りからどことなくクスクスと笑う声が聞こえた。

マダム・フーチが箒の跨り方や握り方を教えると、とうとう実践演習がやってきた。結局命令では上がらなかった箒は、マダム・フーチにより大抵誰でも乗せてくれるという箒に交換され、直接手で持ち上げる羽目になった。

「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよーー1、2のーー」

3、という前に、誰かが地面を蹴った音がした。ネビルだ。

「こら、戻ってきなさい!」

先生が怒鳴り声をあげるが、ネビルは余計焦ったりパニックになったりで、どんどん上へと上がってしまう。マナは箒に乗る不安がよく分かるので、ネビルと同じくらい真っ青になっていた。ちょうど建物2階分くらいにネビルの箒の高さが達した頃、ネビルは我慢の限界だった。箒から手を離してしまい、真っ逆さまに落ちていったのだ。周りから息を飲む音や、誰かの悲鳴が聞こえた。皆が皆、最悪の結末を予想した。マダム・フーチでさえ固まりきっている。

頭の中は皆と同じように空っぽだったが、マナの身体は考えなくても勝手に動いていた。
マナは無意識のうちに咄嗟に杖を出し、ネビルに向けた。浮遊呪文だ。まだ一年生は習っていないが、マナはこれを日常のように使い込んできたため、呪文を唱えなくても出来るようになっていた。お得意の無言呪文だ。
人に向けては使ったことがなかったが、ネビルは地面に着く前に空中で一度静止した。成功だ!マナはそこからゆっくりとネビルを下ろそうとした。しかし思ったよりもネビルが重く、それに伴い杖がずっしりと重くなり、途中までネビルを降ろすことが出来たものの、腕が悲鳴をあげマナは思わず途中で杖を取り落としてしまった。
空中で重力に逆らうことの出来なくなったネビルは、再び真っ逆さまに落ち始めた。マナのおかげで高度はそんな高くなかったため、ネビルは死んでしまうことにはならなかったが、落ちた時に上手く手をつけなかったのかネビルは手を骨折してしまっていた。マダム・フーチは慌てて駆け寄ると、皆に絶対に飛ばないように念押しをしてからネビルを医務室へと連れて行ってしまった。

皆が皆、真っ逆さまに落ちるネビルに夢中になっていたため、また無言呪文だったことも相まって、呪文を使ったマナには誰も気付くことはなかった。