世界が美しく見える日



俺が通う映画館は、毎週金曜日になると1000円で映画を見る事ができる。
所謂会員優待デーというやつで、ボーダーで稼いだ給料で会員カードを発行してからというもの、俺は毎週金曜日になると決まって映画を見に来てる。
特に金曜日なんていうのは、大体が新作の公開日になっていて、会員もそうじゃないやつもこの日になると映画館に足を運ぶのだ。そうして券売所で会員カードをオススメして会員を獲得、良くできた仕組みだ。
平日の金曜日だ、日中は学校や防衛任務がある為、俺が通うのは必然的に夕方の回だった。

が、高校三年になり、自由登校期間に入った今、時間を気にすることなく映画館へ足を運べるようになった。勿論防衛任務が入っていない時間に限るが、人が少ない朝一の回でゆっくり映画が見れるようになったことはかなりでかい。
今日も今日とて、俺は朝っぱらから映画館へ足を運ぶ。

「(…また居るな、)」

ロビーの隅にある待ち合い用のソファーに座ってドリンクを飲むその人はいつも、黒髪のパーマがかかったボブにべっこう柄のボストンメガネをかけている。先週はキャップをかぶってアヴィレックスのMA-1を着ていたが、今週は茶色のロングコートだ。

「(センスがいい人。)」

ファッションもそうだが、映画のセンスも良いのだ。最初に気付いたときはミュージカル映画の公開日だった。主演の女優と俳優にとっては新境地となるミュージカル映画だと話題になったラブストーリーだ。次に見たときは有名女優やアーティストの歌が話題となったアニメーション映画だ。かと思ったらゴリゴリのアクション映画やヒーローものの公開日にも彼女を見かけて、この人はきっと純粋に映画が好きなんだろうと思った。
売店でコーラとパンフレットを買って、無料配布の情報誌を読みながらあと五分、入場を待つ人達に混ざった。

《お待たせしました、9番スクリーン入場開始致します。》

場内アナウンスと共に入場が始まり、スタッフにチケットを差し出す。今日は有名アニメーション映画を実写化したミュージカル映画だ。美女と名高い主演女優は大抜擢で、穂刈や当真がかわいすぎると大騒ぎしていた。

「(!?マジか。)」

ひとつ開けた隣の席に、なんとあの人が座っていた。もう何度も見かけているのに、ここまで近くに座るのは始めてだったから驚いた。ブラックのスキニーに包まれた足を組んで、映画情報誌を読みながらホットドリンクを飲む姿が様になっている。

「(…まあ、俺が一方的に認識してるだけだろうけどな。)」

予告が何本か流れ、照明が暗くなっていく。この後何本かまた予告と注意事項が流れれば本編のスタートだ。スクリーンに集中しはじめた頃にシリーズ新作のスパイ映画の予告が流れてしまえば俺の意識はもうスクリーンに夢中で、あの人の事なんて頭から抜け落ちていた。



◆ ◇ ◆



この映画の一番の見せ場だった。ヒロインと人じゃなくなってしまった王子様が、少しずつ心を通わせ、王子様の誘いで二人、有名な歌に合わせダンスを踊る。歌はまさに二人の心を表現したものだ。
ふと、隣から小さく鼻をすする音が聞こえた。

「(…泣いてるのか。)」

好奇心だった。普段凛としながら情報誌を読んでホットドリンクを飲むその人が泣いてる所を想像出来なかったからだ。
チラリと隣に目を向けた。

「(…う…わ…!)」

その人は、レンズ越しに真っ直ぐスクリーンを見つめながら、ぽろぽろ涙をこぼしていた。唇をぐっと噛み締めて、どうしても鼻だけは止められないのか小さくすすっているが、なんとか音を出さないように泣いていた。
その光景が何故かすごく綺麗に見えて、柄にもなく顔に集まっていく熱に気をとられ、スクリーンに目を向けても、残りのストーリーはほとんど頭に入ってこなかった。



◆ ◇ ◆



ラストシーンでも感動したらしいその人は、エンドロールが終わり劇場内が明るくなってからも、しばらくぐすぐすと鼻をすすっていた。開けっ放しになったバックを膝にのせて手で涙を拭っている所を見ると、どうやらタオルを忘れたらしい。
これだ!と閃いた俺はバックの中身を確認してハンドタオルを取り出した。この時の必死な俺は、死んでも同僚達には見られたくないぐらいマヌケだったと思う。

「あの、」
「、?」
「…これ、よかったら使って下さい。」
「え?」

戸惑う彼女がタオル受け取ったのを確認して、それじゃと席を立ち上がった。

「あ、あの!」
「?」
「…ありがとう、助かる。」

ちゃんと洗って返すね。と笑ったその人を目の前にして、声が綺麗とか笑顔がかわいいとか頭のなかは大騒ぎ。脳ミソの中で誰かが、まるでノートルダムのようなでかい鐘を鳴らした気がして、俺は人生で初めて人が恋に落ちる瞬間というやつを身をもって体感したのだった。