大切な幼なじみ

思えば、中学入ってすぐの頃からだったのかもしれない。
六年間同じ小学校で過ごしたやつも、中学に入れば学年の半分は知らないやつになる。環境が変わって、さらに思春期ともなれば話題はもっぱら色恋沙汰だ。

「芳乃さんってかわいいよな。」
「わかる!明るいっていうかさ、いつもニコニコしてるとことか。」
「顔もかわいい。」
「ふわふわしてるよな、良い匂いしそう。」
「こないだ話したら真剣に聞いてくれてさ、超優しかった。」
「明るくて顔かわいくて性格もいいって、完璧じゃね?」

わいわいと話す同級生達に、なんだかいい気分はしなくて顔をしかめた。なんだよそれ、アイツはよくふてくされてしかめっ面になるし、真面目に考えすぎてうじうじしやすいし、あんな見た目のくせに頑固ではっきりしてるのが太陽だ。

「そういや芳乃、スタイルめっちゃよくね?」
「わかるわー!」
「荒船いーなーかわいい女の子の幼なじみ。」
「?荒船、さっきから静かじゃね?どした?」
「…気分悪いから帰るわ。」
「は?おい、どうした?」

鞄を背負って教室を出ようとする俺にクラスメートの野次が飛ぶ。ただでさえ機嫌があまりよくない俺にだ。この時の俺をカゲが見たらきっと笑われるんだろうなと思うぐらい、凶悪な顔をしていたと思う。

「なんだよー、ノリ悪いなー。」
「あー!もしかして荒船、お前芳乃さんのこと…」

この日、俺は人生で初めて学校に親を呼ばれ、人生で初めて息子の問題行動で呼び出された母に、会った瞬間頭をぶっ叩かれた。



◆ ◇ ◆



「当真くんといいてっちゃんといい…男の子ずるい…!!」
「は?何言ってんだ太陽。」
「…お前ら付き合ってたのか?」
「付き合ってないよ!!幼なじみだよ!!カゲこんにちは!!」
「…お、おう。」
「勢い出しすぎだわカゲ引いてんじゃねえか。」

騒ぐ太陽の頭をべしっと叩いてため息をつく。よっぽどカゲに懐いてんだな、と思いながら顔をあげた。

「(…あれ?)」

違和感を感じた。どこがとか、何がとかはイマイチ分からないから気のせいかと店の中に進んでいった。空いている席に腰を下ろしてメニューを見ていれば、少し遅れて太陽がやってきた。

「ほら太陽、明太もちチーズあったぞ…」
「…?あ、ごめんてっちゃん、メニューありがとう!」

気がついた。俺からメニューを受け取る太陽が、店についてから妙にそわそわしていること。太陽を見たカゲの雰囲気がいつもより柔らかかったこと。席についた太陽がチラリとカゲを見ていたこと。それを見ていい気分はしなかったこと。
…それがつまりどういうことか。

「3つ頼む?てっちゃん1枚じゃ足りないでしょ。…てっちゃん?」
「…あ、あー何だって?」
「3つ頼むって聞いてたの。大丈夫?なんかぼんやりしてたけど…」
「おー、平気。…じゃあ豚キムチとシーフード。」

太陽が隣に居ることが、小さい頃から当たり前だった。俺は多分、これから先も、
どんだけ年をとっても、当たり前のように太陽が隣に居るもんだと思ってた。

「(幼なじみと好きな人じゃ、違うんだな。)」

太陽はきっとカゲが好きだ。カゲも多分。
本人達がそれに気付いてるかは分からないが、ずっと大事にしてきた目が離せない幼なじみと、気難しいが優しい友人の為に俺がしてやれる事なんて決まってる。

「お、良いところに。カゲ、これ太陽の好物だから焼いてやれよ。」
「え!?」
「…お前が焼けばいいだろ。」
「俺はいつも焼いてやってる。」

大切な幼なじみに笑っていて欲しくて、大切な幼なじみの初めての恋を俺も大事にしてやりたくて、
気づいたばかりの「好きだ」って言葉を、お茶と一緒に飲み込んだ。
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