就業時間が終わり、パソコンの画面を眺めながら残業しようか来週にしようかと考えていた。携帯電話の画面を見ると見慣れたアイコンでメールの通知がある、開くより早くシステムからログアウトしてパソコンの電源を落とした。鞄を持ちながら隣の席の同僚にお疲れ様、と声を掛けてやっとメールを開く。
何が食べたい? と、短いメールの本文を何度も読み返して自然と頬が緩んだ。
やきにく と返信してエレベーターのボタンを押す。続けて、どこにいるの? とメールを送った。
エレベーターが降りてきて、滑り込むように中へ入る。六時頃のエレベーターはいつも混んでいるが、今日はさほど気にならなかった。一階に着く、押し出されるように降りるとそのまま出口へ向かって歩いた。返事こないなあ。画面を眺めているとメールのアイコンが現れた。
お前の会社の前だ。 相変わらず飾り気のない本文、いつの間にか走っていた。
「騰っ!」
「そんな靴で走るな、転ぶぞ」
ハイヒールで走るといつもこう言われる。そして仕事終わりにこうして会うと、スーツ姿が見られる、本人には言わないが三割増しである。
「どこのお肉行く?」
「さっき予約したぞ」
「さすがです!」
騰が予約してくれたお店は少し歩いた先の繁華街にあった。店構えは落ち着いている、入り口の脇にある主張しない看板に目が止まった。
「え、ここって」
「美味しい肉が食べたいと言っていただろう」
私でも知っているくらいの有名店だった。慌てて自分の格好を見る、黒いワンピースにジャケット、これなら大丈夫だよね。急に立ち止まった私を見て、騰はいくぞ、と手を差し出してくれた。
手を引かれ店に入る、煙なんか一切無くて、手入れの行き届いた綺麗な店内だった。騰が名前を告げると席に案内された。
「ビールでいい?」
「ああ」
「ビール二つお願いします」
メニューを二人で眺めながら適当に肉を注文する。それほど待つことも無く綺麗な肉が運ばれて来た。トングを使い早速網の上に乗せると、じゅうという音の少し後にいい匂いがした。
「美味しそう」
「よだれを垂らすなよ」
焼けた肉を皿に取り、タレに付けて食べるとえも言われぬ幸せを感じる。焼きながら時々ビールを飲み、肉を食べる。私達の話題は大抵仕事の事だ、会社は違えど話はそこそこ盛り上がる、とは言っても私が愚痴を言ってそれを騰が聞いてくれるという構図である。
「土日休みなの?」
「ああ、お前はどうなんだ」
「休み」
カルビを口に放り込んでビールを流し込む。次はロースを焼こう。トングで肉を持ち上げ、網へ乗せる。いい肉だから焼くのも気を遣う、だから肉から目を離せない、と心の中で言い訳をしながら視線を逸らしたままで話を続ける。
「じゃあ今日も泊まっていきなよ」
「そうするか」
嬉しいという感情はあまり表に出さないようにして、努めて自然に笑顔を作ったつもりだ。焼けた肉を騰の皿に乗せる、私の分はもう少し焼こう。ああ、お肉が足りないな。
「ねえ、もっと頼んでいい?」
「好きなだけ食べろ」