「珍しいですねェ」
食事の支度を終えて手を洗っていると王騎様の声がした。慌てて振り返ると視線は私の頭髪に向けられている。
「あ、髪が邪魔になってきたと思っていたら騰様が簪をくださったので」
「似合っていますよ、可愛らしい」
予想していなかった言葉に胸を掴まれるような心地がする。顔には出さないように努めて、ありがとうございますと頭を下げた。顔を上げる前に一呼吸置いて心を整える。
「騰様の見立てが良いのです」
「確かに、そうかもしれませんね」
改めて王騎様が目の前に立つとその身長差を感じ、子供の頃に思い描いていた夢を思い出す。大人になれば皆等しく王騎様のように大きくなれると思っていた。私も大きくなれば王騎様と肩を並べて戦に出れると。実際は夢のようにはいかず、私の成長は止まってしまってこれ以上背が伸びることはないだろう。そして、あの頃より少しは背が伸びたはずなのに少しも王騎様に近付いたと思えない。
「晶霞はほんの僅かの間にも見る見る変わっていきますね」
「そうでしょうか、あまり実感はありません。王騎様からご覧になると私は未だに子供のようではありませんか?」
自虐ではないつもりだった。王騎様からすれば私は子供のような存在で、どんなに長い時を共に過してもきっとそういう風には意識してもらえない。本当にそう思っていたから。
「今の貴女を見て子供だと思う者は私を含めていないでしょう」
「え?」
意図せずに出てしまった上擦った声に破顔で返されて、ぶわっと顔に熱が集まる。
「時々こちらが戸惑うほど、美しくなりましたよ」
頭が真っ白になって口を開けたままの姿はさぞかし可笑しく映ったことだろう。気の利いた謙遜の言葉も出てこない、何より顔が熱い。王騎様の瞳に映る私は子供ではなかった、たったそれだけのことなのに飛び上がるほど嬉しい。
王騎様は顔だけを僅か背後に向け、声量を上げて続けた。
「貴方もそう思いませんか、録嗚未」
「……」
「ろ、録嗚未様っ」
入口から録嗚未様が姿を見せると王騎様は踵を返す。
「晶霞に用ですか」
「はい。お話を立ち聞くつもりはありませんでした」
「フフ、分かっています」
王騎様が去るのに合わせ、急いで頭を下げる。締まらない顔を録嗚未様に見せない為でもあった。心の内を顔に出してどうする。ゆっくり息を吸う、きゅっと唇を結んで顔を上げた。
「私に御用でしょうか」
「いや、用ってほどでもないが」
録嗚未様ははっきりとしない口調で明後日の方向を見ながら顔を顰めた。その様子を見つめていると、やがて吐き出すように口を開く。
「昼間は悪かったな、お前に怒ったわけじゃない」
確かに、録嗚未様は気が短い。けれど一度だって恐ろしい方だと思ったことはなかった。
「お気遣いいただきありがとうございます」
言葉は少しぶっきらぼうでも仲間思いでお優しい方だだと知っている。練兵や行軍でも疲れていないか遅れはないか、こちらを気に掛けてくださっていることを知っている。
「まあ、何だ……。あー、何かあれば俺達を頼れよ」
気恥しさからか、歯切れの悪い言葉出たりや早口になる姿を見て自然と口角上がるのを手のひらで隠す。お優しい方達に囲まれて、私はとても幸せ者だ。
「はい、録嗚未様」
この日々が何も変わらずに、明日も明後日も何年だって続いていくのだと思っていた。この日常は何一つ欠けることなくずっとここにあるのだと、浅はかな子供のような純粋さで根拠もなく信じていた。
何の前触れもなく、大切な人がいなくなる悲しみを私は知っていたはずなのに。
To be continued.