01
「赤井さんが……亡くなった……?」

私の恋人である赤井秀一が「亡くなった」とジョディさんから聞かされたのは、よく晴れた昼下がりのことだった。





全ては一件の電話から始まった。

普段と変わらない休日。いつもと同じように家でテレビを見ながらゆっくりと過ごしていると、部屋に携帯の着信音が鳴り響いた。携帯を手に取りディスプレイを確認すると、そこには赤井さんの職場の同僚であるジョディさんの名前が表示されている。以前赤井さんから紹介されて以来、とてもよくしてくれるお姉さんのような存在の人だ。

「はい、苗字です」
『名前、久しぶり!』
「ジョディさん! お久しぶりです」
『ごめんなさいね、あなた今日時間ある? ……大事な話があるんだけど、ちょっと会えないかしら』

大事な話とは一体何なのだろう。どんな話をされるのか全く思い当たることなどないため、ただ驚くことしかできない。久しぶりに電話があったかと思えば話があるだなんて。
深刻そうな声色からは、前に会ったジョディさんとはどこか別人のような気がしてしまった。なんとなく、ほんの少しだけれど妙な胸騒ぎがする。

「分かりました。どこに行けばいいですか?」







待ち合わせをしているカフェの中に入ると、テラス席の方から金髪の外国人の女性がこちらに向かって手を振っている。相変わらず綺麗な方で見惚れてしまいそうになりながら、軽く会釈をしてジョディさんのいるテーブルに向かい、正面の席に座って紅茶の注文を済ませた。

「ごめんなさいね、突然呼び出して。元気してた?」

ジョディさんに会うのはいつぶりだろう。
久しぶりの再会につい話が盛り上がり、とりとめもない話を続けていた。女同士がする会話なんてそんなもの。ただいつもと違い、赤井さんとのことを何一つ聞かれないことだけが変に気にかかった。

さすがにこんな世間話をするために呼んだなんてことはないだろう。大事な話だと言っていたくらいなのだから。こっちからその話を切り出してもいいのだろうか。

どうしようかと思い一度口を噤ぐと、私の言いたいことを察してくれたのか、ジョディさんの顔から笑顔が消え、代わりに真剣な眼差しで私を見つめた。私も手にしていたカップを置いて、ジョディさんと目を合わせる。

沈黙が続き、徐々に心臓の鼓動が早くなっていく。少し間を置いたところで、ジョディさんがゆっくりと口を開いた。

「名前、落ち着いて聞いて。今日あなたを呼んだのは、どうしても伝えなければいけないことがあったからなの。実はね……」



「シュウが、死んだわ」



……え?


「赤井さんが……亡くなった……?」

ジョディさんの言葉に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。突然のことに頭が真っ白になり、考えることもままならない。

「え……、そんな、嘘……ですよね……?」

突然恋人が亡くなったと聞かされたって、とても信じられるはずがない。たしかに最近メールの返信はなかったけれど、忙しい赤井さんにとってそんなことは日常茶飯事。だから落ち着いた頃にまた返ってくるだろうと特に気にも止めていなかった。

「嘘じゃないわ。前に少し話したわよね? 私とシュウの仕事のこと」

具体的なことは聞いていないけどそれは教えてもらっていた。警察のような仕事、なんて言われても無知な私には全くどんな仕事なのかは想像がつかなかったけど。ただ、危険と隣り合わせの仕事だってことだけは分かっていた。

私が軽く頷くと、ジョディさんは話を続ける。

「その捜査中にシュウは死んだの。ちょっと事件に巻き込まれてね……。あなたには早く伝えなきゃいけないと思って今日名前を呼んだのよ。辛い思いをさせてごめんなさい」

何か言わなければいけないのに、喉が詰まったように何も言葉が出てこない。息をするのがやっと。ジョディさんの「シュウが死んだ」という言葉だけが、私の頭の中で何度も何度もループしている。

そんな私にジョディさんが心配そうな眼差しを送ってくれているのは分かっていたけれど、とてもジョディさんの目を見続けることが出来ず、視線を外してそのまま俯いた。

「名前、シュウの後を追おうなんて考えちゃだめよ。そんなことしてもシュウが悲しむだけだから」

辛いのは私だけじゃない。毅然と振る舞っているけれど、きっとジョディさんだって私と同じはずだ。羨ましいとさえ思うくらい赤井さんと仲良さそうだったし、同僚が亡くなったなんてきっと簡単に受け入れられることではない。
それでもこんな時でさえ私のことを気にかけてくれているジョディさんに、これ以上心配をかけるわけにはいかない。

財布から取り出したお金をテーブルの上に置き、ゆっくりと立ち上がった。私の座っていた椅子が誰もいない後ろの席の椅子にコツンとぶつかり、金属音が小さく響く。私につられるように、ジョディさんも慌てて立ち上がった。

「……ごめんなさい、帰ります」
「待って、送るわ」
「大丈夫です。すみません、ちょっと一人にさせてください……」
「名前……」

追いかけようとするジョディさんの顔もろくに見れず、俯いたままカフェを後にした。


赤井さんが、亡くなった?

そんなの嘘、信じない。
いつも忙しいとは言いながらも、時間を見つけては会いに来てくれた。でももう二度と会えないっていうの?
そんなの、とても信じられない。

赤井さんのことだけを考えながら辿った道のりは記憶にないけれど体はその道を覚えているらしく、気付いたときには自宅の前へ到着していた。



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