01
──泊まっていくか?


ゆっくりと唇を離して再び私を抱き寄せた赤井さんは、私の耳元でそう囁いた。突然離ればなれになってしまった恋人とやっとの思いで再会を果たし、ついさっきお互いの気持ちを確かめ合ったばかり。そんな恋人から泊まっていくか、と聞かれるということはどういうことか。考えなくても分かる。すぐにその言葉の意味を理解した。


……返事は決まっていた。


赤井さんと体を重ねたことは今までに何度もある。でもあまりにも久しぶりすぎてなんだか恥ずかしくなり、赤井さんの顔を見ることができずに寄せた首元で小さく頷いた。

正直なところ、今すぐそういう流れになってもおかしくないと思っていたし、赤井さんが求めてくれるのならそれでもいいと思っていた。でもそうしないのは、心の準備をする時間をくれるのは、きっと赤井さんなりの優しさだろう。

「あ……でも着替え、持ってない、です……」
「俺の部屋に置いてあった君の荷物は既にこちらに運んである」

「だから安心しろ」と、さすが赤井さん。そういえば赤井さんの部屋にお泊まりセットを置いたままにしていたんだった。それもここに持ってきてくれていた。ということは、もしかしたらいずれまた私がここに来ることを、赤井さんも望んでくれていたのかもしれない。





晩ご飯は、赤井さんが手料理を振る舞ってくれた。
「私がやります」と言ったけど、赤井さんに「座っていろ」と言われてしまい、結局その言葉に甘えて座って赤井さんが料理をしているのを眺めていた。
え、料理……?

「赤井さんって料理できるんですか……!?」

よくよく考えればとても失礼なこと口走っているが、あまりの驚きからつい本音が漏れてしまった。

「沖矢昴になったとき、変装の仕方と共に、ここの家主の奥さんに教えてもらったんだ」

簡単な物しか作れないが、と付け足しながらも赤井さんは慣れた手つきで料理をしている。確かに昴さんに最初に会ったのはスーパーだったし、野菜売り場で見かけることが多かったような気もする。でもまさかそれが赤井さんで、自炊をしているなんて思いもしなかった。

しばらくその姿を様になるなぁ、なんて眺めていると、いつの間にかキッチンにはカレーのいい香りが広がっている。出来上がったものをお皿によそい、「うまいか分からないが」と言いながら出来立てのカレーを私に差し出した。

「いただきます」

用意してもらったスプーンで赤井さんが作ってくれたカレーを掬い、少し冷ましながら口へと運ぶ。

「ん! これ、おいしいっ……!」
「良かった」

思わず笑みをこぼしながらそう伝えると、赤井さんも同じように微笑み返してくれた。本当においしくて、正直赤井さんがこんな風に料理できるなんて意外だった。今まで料理をするなんて聞いたこともなかったし、FBIの捜査官なら忙しくて自炊なんてしている暇はなかっただろう。それでもこんなにおいしいものが作れるなんて、私も工藤さんに教えてもらいたいくらいだ。

赤井さんも自分の分をお皿に盛り付け、隣の席に座り食事を始めた。長い間会っていなかった相手だとは思えないほど、私たちの間には昔と変わらない空気が自然と流れる。

昴さんと会っていたとは言っても赤井さんといるときとはやっぱりどこか違ったし、とてもこんな風に過ごすことはできなかった。赤井さんとこういう穏やかな時間を過ごすのは本当に久しぶりで、つい顔を綻ばせた。

左手でスプーンを使っている赤井さんを見ていると、ふと昴さんと一緒に食事をしたときのことを思い出す。ああやっぱり、本当にあれは赤井さんだったんだ。今になって思い返せば、仕草や動作は赤井さん本人で似ているどころの話ではなかったというのに。

声も見た目も全くの別人だったし、"変装する"なんて発想は私にはなかったからしょうがないだろう。私が知っているマスクはもっと作り物だとすぐに分かるようなものだし、変声機だってヘリウムガスを吸ったような、いかにも機械の声だと分かるようなものしか知らない。ましてや首に巻いて声が変わるだなんて、私のような凡人には思いつくはずもなかった。

口調だって全然違う。そこに赤井さんの面影は……本当になかった……?
……いや、それは少しあったかも。でも赤井さんはヘビースモーカーだったけど、昴さんは煙草吸っていなかったし……。

「どうした、不味いか? それともまだ体調が悪いのか?」

赤井さんに声をかけられて、はっと我に返る。いろいろと思い出していた私はどうやら食事の手が止まっていたらしく、赤井さんに心配そうに見つめられた。

「すごくおいしいです! それに、実は体調は全く悪くないんです。昴さんに合わせる顔がなくて嘘ついてました……ごめんなさい」

私の言葉を聞いた赤井さんは、まるでそれを知っていたかのように優しく笑った。

「ふっ、そんなことだろうとは思っていた」
「えっ……!? 気付いてたんですか……!?」
「確証はなかったが、一つの可能性として推測はしていたよ。俺を避けている、と。だが本当に体調を崩したのではないかと心配もしていた」

半信半疑だった、ということだろう。バレてもいたけれど心配もかけてしまった。本日何度目になるかも分からない罪悪感が生まれ、つい表情が硬くなる。

「そんな顔をするな。名前が元気ならそれでいい。ほら、早く食べないと冷めるだろう」
「あ、はい……!」

せっかく赤井さんが作ってくれたんだから、温かいうちに食べてしまおう。再びカレーをいただき、食べ終わったところでまた赤井さんと話を続ける。

「そういえばさっきからずっと赤井さんのままですけど、今日はもう昴さんにならなくていいんですか?」

さっき昴さんのことを思い出したせいか、急にそんなことが気になってしまった。最初にこのことを聞いたとき、あんなにも赤井さんと昴さんが同一人物であることに衝撃を受けたはずなのに、もうその事実を受け入れている自分の順応性に驚いた。

現実にはありえないと分かっていながらも、きっと心のどこかではそうであって欲しいと願っていたことが現実になったからかもしれない。

「流石にこの時間からは誰も訪ねてこないさ。ようやくこの姿で名前に会えたんだ。沖矢昴とはこれからいくらでも会える。今日くらい、俺≠ニいてくれないか?」

今日くらい、なんて本当は言わないでほしい。また赤井さんがいなくなってしまうような気になるから。でもそれを伝えたらきっとまた赤井さんを悲しませてしまう。だから言葉にせず、そっと心の中に閉まっておくことにした。

「それとも君は沖矢昴≠フ方が好みだったのか?」

 私の耳元に顔を寄せ、悪戯な笑みを浮かべながら囁く赤井さんにどきりと胸の奥が音を立てる。

「いやっ、あの……そういう訳じゃ……」
「ふっ、冗談だ」

 あぁやっぱり、赤井さんには敵わない。





赤井さんがお風呂のお湯まで入れてくれて、なんだか今日は至れり尽くせりの私は先にお風呂をいただき、赤井さんが出てくるのをソファーに座って待っていた。

お風呂に入る前、赤井さんに「一緒に入るか?」なんて言われたけど、さすがに恥ずかしくて耐えられる自信がないのでそれだけは丁重にお断りした。

赤井さんがお風呂から出てきたら、そのあとのことは容易に想像がつく。今の私は、赤井さんと初めて一緒に過ごした夜と同じくらい緊張していた。テレビの内容は全く頭に入らず、聴こえる音声はただのBGMにしかならない。

きっともうすぐ赤井さんが戻ってくる。




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