01
赤井さん……秀一さんが、帰ってきた。

たとえ別人に姿を変えていたとしても、私にとって大切な人には代わりない。ずっと会いたいと願い続けた、愛する人。

秀一さんと昴さんが同一人物と分かり、昴さんが借りているという工藤さんの家で泊まった日以来、私は赤井さんのことを「秀一さん」と呼ぶようになった。名前で呼んだときの秀一さんの眼差しがいつも以上に優しくて、愛しくて、その顔が忘れられなかったから。そして、秀一さんとの心の距離が縮まった気がするから。



「お邪魔します」

秀一さんが実は昴さんに変装していたと明かされてから、私は時々工藤さんのお宅にお邪魔するようになっていた。もちろん秀一さんがいいと言ったときだけにはなるけれど。それでも、亡くなったと聞いて突然会えなくなったあの頃に比べたら、全然寂しくもなかった。好きな人に会える、好きな人が近くにいる。それがどれだけ幸せなことか分かったから。


「もしかして、あなたが名前ちゃん?」
「えっ……?」

インターホン越しに聞こえた声は昴さんだったので、てっきりいつもみたいに昴さんが迎えてくれると思っていたら、聞こえてきた私の名前を呼ぶ声は女性のもので。こちらにやってきたのは髪の長い綺麗な女性。……え、まさか。

「ふ、藤峰、有希子さん……!」

あの伝説の大女優と呼ばれた人が、今、私の目の前にいる。もちろんここが自宅だということは知っている。しかし普段は海外にいるため、ここに帰ってくることは滅多にないという噂を耳にしていたので本当に驚いた。あまりにも綺麗な人が突然現れたせいで私の腰は抜けてしまい、玄関先だというのにその場にへなへなと座り込む。

「あら! 私のこと知ってるのね、嬉しいわ! でも今はもう工藤有希子よ!」
「ほん、もの……」

ウインクしながらそう話す工藤有希子さんは、引退したという今でもその美貌は全く劣らず、初めて見る超有名人に見惚れることしかできなかった。

「ん? 名前、そんなところで何をしている。入らないのか?」

奥からよく知った声が聞こえてきたところで、はっと我に返った。足音と共にこちらに向かってくる彼は、顔は昴さんだけど声は秀一さんだ。

「いや、あの……ふじ……工藤有希子さんがいるなんて聞いてなくて……びっくりして……」
「ああ、すまない。驚かせるつもりはなかった。有希子さんに君の話をしたら、是非会ってみたいと言っていたからな」
「秀ちゃんの彼女って言うからどんな子か気になったんだもの!」

あの大女優と秀一さんが普通に会話をしている。しかも今、"秀ちゃん"って呼んでいた。なんとも不思議な光景を、私は座り込んだまま、黙って眺めるしかなかった。秀一さんはこの場から動かない私を、まるで不思議なものを見つけたような目をして見つめている。

「それよりそんなところに座ってどうした?」
「その……びっくりして、腰が抜けちゃって……立てない……」
「大丈夫か? しょうがないな……」

秀一さんが私の方に近寄ってきたので肩でも貸して立たせてくれるのかと思ったら、いきなり身体がふわりと宙に浮いた。

「えっ!? ちょ、っと……」
「こんなところにいつまでも座っていたら冷えるだろう」

有希子さんが見ている前だというのに、秀一さんは全く躊躇うことなく私を抱き上げた。それと同時に有希子さんの歓喜の声が聞こえる。

「んもう! 二人とも見せつけてくれるじゃない!」

有希子さんの言葉を気に止めることもなく、秀一さんは私を抱きかかえて歩き出し、いつもお邪魔している部屋のソファーにおろしてくれた。私はというと、秀一さんの予想外の行動にただ顔を赤くするしかない。

「あ、お姉さんこないだの……」

隣からまた別の声が聞こえてきたのでそちらを見ると、今度は眼鏡をかけた少年が座っていた。

「え……? 君、私とどこかで会ったことある……?」

こないだ、とはいつのことだろう。少なくとも私には見覚えのない子。それに工藤さんのお子さんは高校生探偵の息子さんだったはず。この家の子……ではないのなら、この子は一体誰なのだろう。

「ううん、前に昴さんといるところを見たことがあってね。お姉さん、昴さんの彼女?」

"昴さんの彼女"という響きはどうにもまだ慣れなくて、面と向かってストレートに聞かれるとさすがにまだ照れる。子供の無邪気さというのは本当に恐ろしい。

「えっと……うん、一応……」
「一応とは聞き捨てならないな」
「わっ! しゅう、っ、昴さん!」

てっきり私たちの会話など聞いていないと思っていたので、突然会話に割って入る昴さんに思わず秀一さんと言いそうになってしまった。だって秀一さんの声だし。というかここに来たときから声は秀一さんなのだけれど、この人達の前でそれは大丈夫なのだろうか。少年の顔を見てみても特に不思議そうにしている様子は感じられない。

「このボウヤは俺のことを知っている。問題ない。ボウヤのおかげでここにいると言っても過言ではないしな」
「えっ、そうなんですか……!? あの、この子は……?」

私にも正体を明かしてくれなかったのに、こんな小さな子供が秀一さんの秘密を知っているだなんて。しかもこの子のおかげとまで言うものだから、この子が何者なのか余計に気になってしまう。

「ボクは江戸川コナン。ボクが赤井さんと協力して今回の計画を実行したんだ。ごめんね、お姉さん」

この子の言っている言葉の意味が、私には全く理解できなかった。



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