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「お疲れ。突然で驚いただろう。すまなかったな」
「いえ、全然! 私も楽しかったです。子どもたちと仲良しなんですね」
「あの子どもたちとは前のアパートに住んでいたときからの知り合いだからな」
「前のアパート……?」
「あぁ。ここに来る前は近くのアパートで暮らしていたんだ」
昴さんの声から秀一さんの声に戻して変装を解いたあと、リビングに移動しながらあの子たちと知り合ったきっかけを教えてくれた。もともと住んでいたアパートが火事になり、そこに偶然少年探偵団のみんなが居合わせたこと。実はその火事が放火で、あの子たちが放火犯を言い当てたこと。ここに住むようになってから何かと会う機会が増え、親しくなったこと。
秀一さんとコナンくんはそれ以前からの知り合いだったようなので、偶然居合わせたことも含めてこの二人には何か不思議な縁があるのかもしれない。
「どうした?」
「なんか……偶然ってすごいですね……」
説明を聞いているうちに思い出した。以前住んでいたところが火事になった、というのはそういえば聞いたことがある。その話を聞いたのは、たしか昴さんがここで暮らしていることを知った直後だったはずだ。一家全員が有名人である工藤さんの家に住んでいる、という話のインパクトがあまりにも強くて、それ以外の話はほとんど覚えていなかった。
そうだな、と相槌を打ち私の頭を撫でながら、秀一さんは微笑みかけてくれた。その表情があまりにも優しくて、私の鼓動は一気に早くなる。今日は朝からずっと秀一さんにドキドキしっぱなしだ。
「……秀一さんの意外な一面を見たら、更に好きになっちゃいました……」
「意外な一面?」
先程の光景にときめいてしまったことを留めておくことができなくて、ぽつりと吐き出した。秀一さんは私の顔を覗き込みながら不思議そうに問いかける。どうやら本当に私が何のことを言っているのか分からないらしい。
「秀一さんが子どもたちと接するところ、見たことなかったので……。面倒見のいい優しいお兄さん、って感じでときめいちゃいました……」
「ホォー? 面倒見がいいかは分からないが、弟と妹がいることが少なからず影響しているかもしれないな」
「弟さんと妹さんがいらっしゃるんですか?」
「あぁ。言ってなかったか?」
「はい。今初めて聞きました」
言いながら、私は小さく頷いた。秀一さん、弟と妹がいるんだ。包容力や頼りがいがあるところ、そして先程目にした面倒見の良さなどはここから来ているのかもしれない。
秀一さんの職業や昴さんの変装の件を知ってから、秀一さんは以前より自身のことを話してくれるようになった。もちろん今までも聞けばある程度のことは教えてくれたのだけれど、出会ったときからクールでミステリアスな雰囲気があったからか、なんとなくあまり踏み込んではいけないような気がしていたのだ。
一つの大きな障害を乗り越えたことも影響していると思う。秀一さんとの心の距離は、確実に以前よりも近づいている。秀一さんの想いの深さを知り、私自身も彼に想いを伝えられるようになったから。
「いつか名前にも紹介するよ」
「えっ……!?」
「そこまで驚くことか?」
「えっと……まぁ……」
恋人に「家族を紹介する」と言われて驚かないわけがない。秀一さんに他意はないのかもしれないけれど、少なくとも家族に紹介してもいいと思える関係は築けているということだ。驚きと同時に嬉しさや緊張など様々な感情が一気に湧き上がる。それをうまく言葉にすることができずにいると、秀一さんはまた微笑んでいた。
「まだ先の話だ。何も今から緊張することはないだろう。それにしても、こんな些細なことで名前が惚れ直してくれるとは意外だったな」
秀一さんは冗談めかしく笑っていたけれど、事実を言葉にされたことで言いようのない羞恥心に襲われている。顔が熱くなるのを感じながらも赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、秀一さんに抱きついて胸に頭を預けた。
「秀一さんのことを知るたびに、どんどん好きになっちゃうんです……どうしてくれるんですか……」
「……からかったつもりだったんだが、まさか素直に受け取られるとはな。名前こそあまり可愛いことばかり言わないでくれ」
秀一さんの手がそっと私の頬を包み込む。その手に従うように顔を上げると、ゆっくりと口づけが落とされた。
「おあずけを食らってしまったからな。今度は俺≠フ姿で先程の続きをしても?」
「……いいですけど、今日は加減してくださいね……?」
小さく頷いてから目を見てそう伝えると、秀一さんはまるでいたずらが成功した少年のような含みのある笑みを浮かべた。
「ホォー? 俺は先程の続きのキスをしたいと伝えたつもりだったんだが、それは名前からの夜のお誘いということかな?」
「っ……!?」
──はめられた。
秀一さんの口調や態度、それから子どもたちが来る前の雰囲気から察し、自分の身を案じて先手を打ったつもりだったのに。私ばかりが秀一さんを求めているみたいで、羞恥のあまりに顔だけではなく体全体が一気に熱くなる。
「善処するよ」
悪びれる様子もなく、私の耳元で囁いた。
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