星の中で息をして
後頭部に赤井さんの手が添えられ、すぐにお互いの唇が触れ合う。今日初めて交わした口づけ。それはそっと触れるだけの優しいもので、私が伝えた本心に対する返事のように感じられた。

長く触れ合った唇が名残惜しそうに離れ、でもまたすぐに重なる。ちゅっ、ちゅっ、と何度も繰り返すキスはまるで唇の温度や感触を確かめているかのようで、いつものように優しかった。普段と変わらない赤井さんとのキス。今と違うキスをしたのは一緒に星を見に行ったあの夜だけだ。

部屋にリップ音を響かせながら、赤井さんは何度も唇を寄せた。じっくりと味わうように、いつもより時間をかけて数えきれないほどの口づけを落としていく。もしかすると私の緊張を少しでもほぐそうとしてくれているのかもしれない。

「っん……」

角度を変えながら何度もなんども落とされるキスにだんだんと思考が鈍っていく。時々唇を食みながら繰り返される口づけは今までのものと比べても一段と甘くて、本当に食べられてしまうのではないかと錯覚してしまいそうなほど。心を決めたのだから、私も赤井さんのキスに応えたい。彼の手が後頭部に回されたときから行き場を失い、私たちの間に取り残されたままになっている自らの手をおそるおそる赤井さんの背中に回した。

赤井さんのぬくもりが手のひらから伝わってくる。こうしていると自分からキスをねだっているみたいで恥ずかしい気持ちはあるのだけれど、自らの意思に抗うことはできなかった。

赤井さんのことを好きになればなるほど、自分の行動や言動の一つひとつに不安が芽生える。引かれるのではないか、嫌われるのではないか、と。でも不安の芽が顔を出すたびに摘み取ってくれるのはいつも赤井さんだ。今だってそう。

私が背中に手を回した直後、後頭部に添えられていた赤井さんの手の力が強くなった。そしてもう片方の腕が私の体をぐっと抱き寄せる。勇気を出してとった行動を全肯定してくれているようで、心もあたたかくなった。

「名前……」

あの夜と同じように切なげに、そして求めるように私の名前を呼んだかと思えば、それを合図に再び自身の唇を私の唇に押し付けた。先程よりも少し荒々しいキスは赤井さんに求められている≠ニ感じさせるものだ。少し体の力が抜けたところで、赤井さんの舌がつぅっと下唇をゆっくりとなぞっていく。

「口を開けてくれ」
「っん……」

言われたとおりに小さく口を開き、唇の隙間から舌先が差し込まれれば、思い出すのは先日交わした大人のキス。たった一回経験しただけでは未知の世界に等しいので、少しだけ、ほんの少しだけこわかった。こわいと言っても恐怖というよりは緊張に近い気がする。無意識のうちに体に力が入ってしまうけれど、それでも今回は赤井さんのキスに応えたいという思いのほうが圧倒的に強くて。私は口内に捩じ込まれた舌を素直に迎え入れた。

舌先が僅かに触れ合い、お互いの存在を確認し合う。そしてすぐに私の舌を絡めとった。生ぬるいものが表面を這う感触にはやっぱり慣れなくて、舌が動かされるたびにびくっと肩が跳ねる。くすぐったいような、肌が粟立つような感覚。頭の芯が痺れて何も考えられない。

「ん、っ……んぅ」

ぴたりと唇が密着したまま舌を絡め取られると呼吸もままならなくて、口内に私のくぐもった声が響く。それでも絡められた舌が離れることはない。口内を蹂躙されるとさすがに息苦しく、キスで窒息してしまいそうだ。あまりの苦しさに耐えられず、背中に回していた手を前に戻して赤井さんの胸のあたりを軽く押し返した。赤井さんも私に酸素が足りないことに気付いてくれたのだろう。ゆっくりと唇が離れていく。

「大丈夫か?」
「っ、はぁ……も、息できない……」

深くなったキスに息も絶え絶え。肩で息をして酸素を取り込みながらなんとか言葉を紡ぐ。甘いキスを交わしていたせいか、自分の吐息がいつもより熱っぽい。赤井さんは私とは対照的にまだまだ余裕そうで、いつもと変わらない様子で微笑んでいた。

「こういうときは鼻で息をするんだ。できるか?」
「できるかな……」
「試してみようか」
「え? ──んぅ、ッ!?」

返事をする間もなく再び唇が塞がれた。今度はすぐに舌が侵入し、先程の続きとでも言うように間髪入れずに私の舌を絡め取っていく。ねっとりと全体を使って舐めたり、舌先だけで表面や側面を伝ったりと緩急をつけて口内を侵されているのに、もっとこの感触に包まれていたいとさえ思う。

息ができなくて苦しかったのも、赤井さんに教えられたとおり鼻で呼吸をするようにしたら幾分楽になった。そのおかげというべきか先程よりもキスに意識が集まり、さらに赤井さんで頭がいっぱいになっていく。

「はぁ、っ、ぅん……」
「その調子だ」

絡め取るだけでは飽き足らず、不意に舌を吸われた。ぞくぞくとする感覚が背筋を駆け抜けたことで漏れるのは、鼻にかかるような甘ったるい声。キスが深くなるにつれて体の力が抜け落ち、自然と赤井さんに身を委ねることになってしまう。抗えない。抗いたくもない。そもそも赤井さんの腕の中にしっかりと閉じ込められているので、抗うという選択肢すら存在しない。

さらに歯列をなぞったり、とがらせた舌先で上顎を往復したりと口内の至るところを弄んでいく。鼻で呼吸はできたとしても、酸素が足りないことには変わらない。
息苦しいせいか、それとも熱い口づけに溺れているせいか。顔も体も熱を持っていた。

どれくらい長い間口づけを交わしているのだろう。時間の感覚はとうに失っていた。私を抱きしめる赤井さんの腕の力が少しだけ緩められ、同時に名残惜しそうに唇が離れていく。

「はぁ、っ、はぁ……」

……キスで窒息死するかと思った。すっかり力は抜けてしまって、手や足、それどころか体のどの部分にもまったくと言っていいほど力が入らない。顔も随分と火照っていて、目には生理的ともいえるような涙がいつの間にかじわりと溜まっていた。

キスが終わってからも息は上がったままで、はふはふと酸素を取り込む。キスだけでこんなに溶かされたというのに、これからこの続きをするなんてできるだろうか。私の体はこれ以上のことに耐えられるのだろうか。

「どうする? まだ続けるか?」
「……いえ、今日はもうお腹いっぱいです……」
「そうか」

意気込んで大人の恋愛を教えてほしい≠ニ口にしたのに、キスだけで腰が砕けてしまうだなんて情けない。赤く染まっているであろう自分の顔を両手で覆い隠して俯いた。

「少しずつ進んでいけばいい。こんな幸せな時間を一瞬で終わらせてしまうのは勿体ないからな」

赤井さんの気遣いに、私はこくんと頷いた。明確な進展≠身をもって実感したからか、結局キスしかしていないのに心は前向きだ。

この間星空の下で交わしたキスはまだほんの序の口だったらしく、本当の大人のキス≠思い知らされたような気がした。


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