三日月の夜に
陣平との遠距離恋愛が始まって早三ヶ月。

待ってるから

簡単にそうは言ったものの、待つ≠ニいうことがここまで苦しくて辛いことだったなんて、あの時の私には想像することができなかった。会えないことに淋しくもなり、不安にもなり、恋しくもなる。メッセージを送り合えば声が聞きたくなるし、声を聞けば会いたくなる。
一つ何かを得られれば、次はそれを超えるものが欲しくなる。人間とはなんて欲張りな生き物なのだろう。


無意識のうちに手にした携帯の画面を点灯させると、まるで当然の動作のように陣平の名前へと指を伸ばす。

ほんの少しでもいい、声が聞きたい。

しかし待ってる≠ニ言った手前、自ら彼に電話をすることはどうしても憚られた。

待ってるんじゃなかったのかよ
めんどくせぇ女

陣平にそう言われるのが怖くて、なかなか電話を発信することができずにいた。

陣平はそんなこと言わない。

──遠距離になる前であれば自信を持ってそう言えたはずなのに、遠く離れた距離は彼を信じる心さえも遠ざける。

「陣平……いつ会えるの……?」

淋しくて堪らない。不安で堪らない。恋しくて堪らない。陣平も同じ気持ちでいてくれたらいい。けれど、もしも私の知らないところで他の女性に言い寄られていたら?
陣平は靡かない! と自信を持って言い切れるほど、今の私には陣平を信じることができなかった。

携帯の着信音が突然鳴り響いたのは、はぁ、と溜め息をついたのとほぼ同時だった。……陣平だ。

「もしもし」
『おー。元気かよ』

迷わず通話ボタンを押して携帯を耳にあてると、ずっと聞きたかった声が鼓膜に響く。陣平の声を聞いた途端、とくんと心臓が音を立てたのが分かった。あれだけ不安だと思っていたのに胸が高鳴るなんて、私はなんて単純なのだろう。

「元気だよ。陣平は?」
『毎日ヘトヘト。アイツら人を顎で使いやがって……。お前はもう今家にいんの?』
「うん」

淋しい。会いたい。
本当はそう言いたいけれど、強がることしかできない私の口からはそんな言葉は出てこない。だってそんなこと言ってしまったら、きっと陣平に愛想を尽かされる。待ってる≠ニいう言葉を自らの足枷にしてしまったようだ。

『そっか。……会いてぇな』

ぼそりと陣平が呟いた言葉は、私が口にしたくてもできずに飲み込んだ言葉。陣平の言葉を、私は一文字たりとも聞き逃さなかった。その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが弾けたような気がした。

「ねぇ、何で陣平がそれを言うの? 私だって会いたいよ。もう、陣平のバカ! ずっと言うの我慢してたのに! もっと会いたくなっちゃったじゃん……」
『おい、泣くなよ』
「な、泣いてないっ!」

嘘。本当はずっと泣いてる。陣平の声を聞いたあの瞬間からずっと。悟られないようにしていたつもりだったのに、陣平が会いたいなんて言うからつい声がうわずってしまい、隠し通すことができなかった。

『相変わらず素直じゃねぇな。なぁ、窓開けてみ? 今夜は月が綺麗だぜ。ほら……空は繋がってるって言うだろ?』
「何それ……陣平らしくない」

そうは言いつつ、陣平の言葉に従うように部屋の窓を開けて空を見上げた。控えめに、それでも確かに三日月は太陽の光を受けて明かりを灯している。陣平の言うとおりだった。最近はずっと下ばかり向いていたので、こんな風に空を見上げるなんていつぶりだろう。

「ねぇ、陣平も同じ月を見て──……ッ!? ちょっ……な、んで……」
「会いたいっつったろ」

ふと視線を落としてみると、そこにはここにいるはずのない人物が私の部屋の窓を見上げていた。夜だというのにサングラスをかけた陣平は右手でサングラスを軽く下にずらし、隙間から瞳を覗かせてにやりと笑っている。

「ほん、もの……?」
「当たり前だろ」

携帯からも、窓の外からも聞こえてくる陣平の声が嬉しくて、恋しくて。もっと側で聞きたくなった私は携帯をベッドに投げ捨てて、慌てて階段をかけ下りた。外へと勢いよく飛び出した私の目の前には、間違いなく愛しい恋人の姿。

「じんぺっ……!」

その姿を確認した途端、私は人目を憚らずに陣平へと思いっきり抱きついた。

「久しぶりだっつーのにひでぇ顔だな」
「うるさいっ!」

憎まれ口を叩きながらも陣平の腕はしっかりと私の体を包み込む。久しぶりに感じた陣平の温もり。スーツに染み込んだ煙草と首筋から仄かに香る香水。二つの匂いが交ざり合い、陣平が目の前にいるという事実を確かに私に伝えた。

「……会いたかった」
「私も……っ!」

私たちは一度見つめ合い、笑顔を交わし合ったあと、どちらからともなく唇を重ねた。





──後日。電話にて。

「そういえば陣平ってさ、月が綺麗≠フ意味知ってたの? だから月を見ろって言ったの?」
『は? 何だよそれ』
「……何でもない。知らないならいいや」
『お前の口で言ってみろよ。なぁ、意味知ってんだろ? どういう意味だよ』
「バカッ! 知ってて言ってるでしょ! やだ、もう絶対言わない!」
『言えよ。愛してるって』
「やだ、言わない!」
『そーかよ。……俺は愛してるぜ』
「っ……! バカ。……愛してる」
『ホント素直じゃねーヤツ』



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